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クマ(ヒグマ)にあったらどうするか

羆(ヒグマ)を害獣として駆除されないようにするためにも
まずクマに遭わないことを考える・・・



逃げる最初のスピードは緩い(エサオマントッタベツ岳北東カール)

 2003年から毎年、日高の山に通うようになり年に2〜3回縦走を楽しんでいる。ヒグマ(羆)に実際に遭った体験といえば、
 @ ペテガリ岳で牛のような大きさのヒグマに間近で遭遇し、ヌカビラ岳では潜んでいたヒグマが飛び出し、
 A エサオマントッタベツ岳北東カールでは、笛で追い払ったはずのヒグマが翌朝には同じ場所に戻ってきて食餌し、
 B 北戸蔦別岳では頂上テント設営場所十勝側下で遭遇し、
 C カムイエクウチカウシ山八ノ沢カールでは1700mへの登山道を親子熊に塞がれ、
 D ヌカビラ岳から二岐沢に下りる途中の登山道でヒグマが飛び出し
  たことなどである。

 ヒグマの濃い場所としては、エサオマン〜カムエクの稜線が特筆すべき場所であり、3年間に20頭内外のヒグマを見ている。このほか、様似、三笠新道で複数を目撃している。また、本州では、奥多摩の長沢背稜・酉谷山避難小屋近くの登山道脇でツキノワグマに、また、一杯水避難小屋から東日原に下りる際、ヨコスズ尾根上部で同じくツキノワグマに出遭っている。


無心に食事中 (十ノ沢カール)

 熊対策として、鉈や熊スプレーの携行も真剣に考えたが、鉈は数日間の縦走装備にプラスするのは重く、熊スプレーは航空機への持ち込みが禁止されているほか、風向により自分自身がダメージを受ける可能性もあるので、熊対策としては実際的ではなく、この方法を採らないこととした。では、どうしているかというと、気休めに警笛をザックにぶら下げ、熊鈴もヒグマが濃そうだと思う時にザックに括りつけている。かつては、空のペットボトルをベコベコさせて大きな音を立てていたこともある。この方法は効果てき面とのことだが、音が大きすぎるし面倒なのでもうやってはいない。ペットボトルが大きいほど、大きな音を発する。

 熊対策の参考として、北海道新聞社刊「ヒグマ」、思索社刊「ヒグマ その人間との関り」、小清水氏による自費出版「羆猟30年の極」、木楽舎刊「クマにあったらどうするか」を読んだ。その中で最近まで生業として熊猟をし、実体験からヒグマを知り尽くしている姉崎等氏による「クマにあったらどうするか」という本の内容が正鵠を射るものと得心した。


雪渓にへばりついて涼んでいるヒグマ (九ノ沢カール)

 北海道の山を縦走する場合、背負う荷物の重量が制約されたる。そのような限られた状況の下、荷物にならない、邪魔にならないヒグマ対策として、共鳴しながら響く熊鈴を使用し、見通しの聞かない状況下では警笛を併用して吹鳴している。ヒグマがある程度の距離を置いて実際にいる場合で、そこにテントを設営しあるいはそこを通過しなければならないときには、初めに警笛を短く吹鳴して当方の居場所を分からせ、ヒグマが当方の存在を認知したら警笛を2〜3度強く吹鳴して逃げるのを待っている。たいていの場合、ヒグマはきょろきょろしてこちらを確認し逃げる。そしていったん止まって当方を見るので、もう一度警笛を吹鳴して完全に退散させることとしている。なお、稜線を歩いているときにカール等にいるヒグマを見つけたときは何もせず、熊鈴も鳴らさず気付かれないように通過することとしている。


真新しい足跡 (二岐沢)

「クマに襲われたらどうするか」ということは、「クマに遭遇しないためにはどうするか」とか「クマにあったらどうするか」ということから敷衍して考えればよいのであり、北海道の山を登るものの礼儀として、ヒグマに遭わないための対策を十全にし、クマの性質や行動様式をある程度承知する必要があり、遭わないための対策を怠って「ヒグマが襲う。」「ヒグマに襲われる。」と短絡的に考えるのはいかがなものだろうか。また、敢えて手負いのクマにさせないためにも、遭わない、襲われないためにはどのようにすればよいかということを第一義的に考えるのがヒグマに対する思いやりでもある。まだ襲われた経験がないので、このごろはヒグマに遭っても、「やっぱり日高の山はヒグマもいていいなぁ。」と思うようになった。


レスキューシートを広げると藪の中に消え去った (戸蔦別カール)

 さて、最後にヒグマに襲われたらどうするか?姉崎氏は過去の生存者の実体験から、要約すれば「逃げない」「組み伏せられたら鉈や鋸あるいは腕を口腔内に押し入れる。」を提唱している。よって、私は必ず鋸(携行性よく刃もしっかりしている刃渡り25cmのもの)を持ち歩きお守りとしている。


登山道を塞い親ヒグマ(左下)と子ヒグマ (八ノ沢カールから1700mへのの登山道上)

 北海道のヒグマの地域別分布数を見ると、もはや恒常的に登山者が出遭うことができる場所はその棲息数から日高山域のみと言っても過言でなくなったほど減少しており、襲われることを心配する前に出遭わないよう、手負い熊とのレッテルが張られないようにすることが登山をするもののエチケットではなかろうか。姉崎氏は今熊猟をやめ、山菜取りで山に入る者にヒグマに遭わないようにしてもらうため啓蒙活動に専念しているとのことである。


滝からすぐの登山道脇からヒグマが唸って飛び出してきた (二岐沢の滝)

 先に挙げた本の中で「クマにあったらどうするか」は、一読して損のないものである。氏は「ルールを守るクマ、守らない人間」「『クマが怖い』という言葉が怖い」とヒグマの肩を持っている。



右手急斜面の岩場を猛スピードで駆け上りエサオマン直下の藪に消えていった

 2010年のエサオマントッタベツ岳からカムイエクウチカウシ山縦走は、同じコースを縦走すること3回目となった。毎回このコースで最初にヒグマに遭うのは、決まって北東カールである。そこはいつもエサオマントッタベツ川の源頭正面であった。だから、カールが望める位置に着いたらヒグマがいないか四囲を確認する。 ヒグマが確認できたらまず、警笛を2〜3回短く吹く。そうするとヒグマはきょろきょろしてこちらを視認する。ヒグマがこちらを見たらすかさず警笛をビリビリ言わせて2〜3回長く吹く。


カールバンドにいたヒグマ。ゆっくり離れている。

 するとヒグマは、最初はのっそりのっそり、いやいやながら移動を始める。そしてまたこちらを見つめる。さらに警笛を長く吹くと、ヒグマは全速力で急な岩場を駆け上り、あっという間に姿を見せなくなった。その登攀能力はただものではない。姉崎氏によると、ヒグマが全速で駆けると時速60km程度の速さになるという。実際に見るとそのことが肯ける。 


(注)小清水幸一著「羆猟三十年の極」は、2003年に北海道で自費出版されたものであり、出版部数は少なく、一般書店・古書マーケットには出回っていないものと思われる。

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