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鮮やかなマユミ実 初冬の北岳肩ノ小屋

2007/11/2〜3



広河原山荘への吊り橋と北岳

 1日目 

 今シーズン4回目となる北岳へは、八本歯ノコルから頂上に登り、お気に入りの肩ノ小屋でテントを張って、これもお気に入りのワインを飲みながら、本でも読もうと計画していた。出発直前に、雪の様子を聞こうと電話を入れると、北岳山荘の留守電が「積雪が40cm程度、しっかりした用意をして。」と言っている。肩ノ小屋に電話をすると、「吹き溜まりができている。テント場は雪に埋まっていて、最近テントを張る人はいない。」とのことだった。あっさりとテント泊をあきらめて、宿泊の申し込みをする。「防寒対策をしっかりして下さい。」とのことだったので、再度ザックの中身を確認した上で車を走らせ、深夜の中央高速に乗る。午前1時、芦安の駐車場に着いてみると、登山シーズンには5つある駐車場が満杯となることもあるのに、今日は雨も降っていて車は一台もない。


マユミ 

 夜が明けると車が3台到着した。山梨交通の芦安午前7時10分発、広河原行きのバスには7人の客が乗ることとなった。うち2人は沢屋さんで、深沢あたりで下車したので、広河原で下りたのは5人となった。いつものように野呂川に係る吊り橋を渡って広河原山荘に出て登山道に取り付く。ほかに大樺沢に入ったのは、白根御池小屋で泊まるという男性と八本歯ノコルに向かった男性のみで、右俣コースを登った者はいなかった。


誰もいない休憩ポイントの二俣

 ラジオの天気予報は、今日の甲府市の最高気温は14度と言っているが、朝の大樺沢でも10度ほどもあり、汗を流しながら右俣コースを登る。当然のことではあるが、大樺沢にも右股にも花のかけらもなく、唯一、広河原からすぐの登山道脇に数本のマユミの木が赤い実を付けているだけだった。思いもかけずクリンソウが何事もなかったように緑の葉を広げていたのが目立った。


小太郎尾根分岐から肩ノ小屋への稜線

 11時40分ごろ、二俣から小太郎尾根までの中間あたりで英語で話しながら下りてくる2人に出会った。英会話講師のイギリス人と日本人だった。雪は柔らかく頂上へはアイゼンなしで登ってきたと言っている。小太郎尾根から稜線に出ると、風は強く吹きつける。八本歯ノコルからバットレス方向にはねずみ色の雲が吹き付けていて暗く、夕方遅くの様相を呈している。尾根道には雪がびっしり着いており、登山靴の跡や岩肌はツルツルと凍っている。八本歯ノコルに向かわなくて正解だった。


肩ノ小屋への稜線から鳳凰三山

 午後2時、肩ノ小屋に着く。ドアを開けて中に入ると、まだ昼間だというのに小屋の中はとても薄暗い。雨水を入れるドラム缶がたくさん入れられていて、小屋を閉める準備もほとんど終わっているようだ。ストーブに周りには男性が2人いて、1人はたどたどしい日本語で話をしている。一人は昨日、外資系の銀行を中途退職したばかりの、まだ50歳と若いが、落ち着いていて聡明な感じがする人であった。登山歴は6年、結構バイタリティ溢れる山登りをされているようだ。生活のレベルを今までの半分以下に落とすことにして、銀行を辞めたとのことである。もう一人は「宮之浦岳、穂高岳、八ヶ岳などを登ってきました。」などという韓国の大学生だった。この韓国人大学生は、今年2回目の日本訪問、通算5回目の訪日だと言っている。ウォン高もあるし、韓国の著しい経済成長があって日韓の所得の差もなくなっていて、海外旅行が盛んなようだ。百名山を登ることを目指していると言う。


肩ノ小屋

 「いやぁ、昨晩主人に電話してテントを張る人はいないよ、と言われたんですよ。」と話していたところに、男性がのっそりと小屋に入ってきて、テントの申し込みをした。主人が言っていたとおり、テント場には雪が積もっていたが、鮮やかなグリーンのテントが白い雪の上に張られた。そのまま外で夕陽が沈むのを待っているほんの5分ほどの間に、手袋をしていない指がすっかりかじかんでしまい、小屋に戻ってストーブにかじりついてもしばらくの間感触は戻らず、軽い痺れが残った。小屋の風の当たらないところにある寒暖計はマイナス3度を示していたが、このぐらいの気温でしもやけ寸前になるとは思ってもみなかった。


肩ノ小屋直下のテント場

 今回の北岳登山は、シーズン最後の高所でアルコールを飲みながらのんびり本を読むことが目的のひとつだったが、山小屋のご主人もストーブのそばに来て、山の話、人生の話に花が咲いて本どころではなかった。1本のはこだてワインを仲良く4人で飲んでいるうちに食事の時間となった。韓国の青年は、日本語の読み書きはできないらしいが、コンコードですねと、原材料を言い当てる。こんどは主人が山梨のぶどう100%使用のものだと言って「ハラモワイン」のカップワインを差し入れてくれたので、焚きたての温かいご飯、焼肉、どんぶりにたっぷり盛られたトン汁を肴に国産ぶどう100%使用というワインをいただいた。


夕陽に染まる肩ノ小屋と肩

 またストーブの周りに集まって話しをしていると、今度はジーパンに普通のジャンパーを着た青年が震えながら入ってきた。もう午後6時に近い。がたがたと震えていて、すぐストーブのそばに招かれ、お茶を勧められた。いくども幾度も足をさすって体を温めようとしている。「広河原に11時42分着のバスで到着し登ってきましたが、日が沈んだら猛烈に寒くなりました。」と言う。主人が「夏でも冬でも山でジーパンは良くないが、まあ温まりなさい。」と優しい言葉をかける。


中央アルプスに沈む夕陽

 「明日、間ノ岳から農鳥岳を縦走して、大門沢小屋まで行かないと北九州に帰ることができません。」とは言うものの、間ノ岳も農鳥岳も雪がびっしり着いているというし、それ以上に地図上で9時間を超えるコースタイムがある。午後2時に小屋に着いていながら、コースタイム50分ばかりの北岳の頂上へは行かないと決めてしまった自分に比べると、なんと根性のある青年なんだろう。青年は、7時になってようやく小屋から出てテント場へ向かったが風が強く吹き付けている。いつもテントにこだわる自分ではあるが、今日は小屋泊まりにしてよかった。ワインの酔いがまわってきたので、2階に登って毛布で床を作り分厚いフリースを着たまま眠りに就いた。


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