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ここはペテガリ岳西尾根コース?
熊倉山〜酉谷山
2011/4/15〜16


登山道脇のカタクリ


 4月15日(金) 


崩壊した斜面上部のカタクリ

 最初から最後まで両ふくらはぎに鉛の重りを付けられたような感じで、とにかく最近で最悪の体調でしたが、それは山に入ってからのことでしたので、突っ走っていくしかありませんでした。調子がでなかったのはそればかりが原因ではなく、登山口から目的地の酉谷山までの単純な標高差が1,400mもありながら、さらにいくつもの山や無数のコブを越えなければならなかったからだったのだと思うのです。そのようなわけで、今回の熊倉山〜酉谷山のレポートは精彩さを欠きますが、それでも思いもかけない春の花々との出合いがたくさんあり、そのときだけは元気がみなぎってくるのでした。「ここはペテガリ岳西尾根コース?」と表題にしましたが、熊倉山〜酉谷山のルートは北海道の日高に似た厳しいコースでした。


城山手前の倒木にまもられたスミレ

 今回の熊倉山は、秩父鉄道白久(しろく)駅からスタートし、城山コースの小幡尾根を登ります。白久駅に下り立つと、改札の前に「林道コース」は林道(谷津川林道)崩壊のため通行禁止との看板が掛けられていました。駅のベンチで出発の準備をしていると、駅員さんが「酉谷山から一人で下りてくる女性もいるんですよ。それと熊が出ますからね。」と声を掛けてくれます。この城山コースは白久駅から「日野白久自然研究路」の標識をたどって行くのですが、最初は駅からの道を秩父方面に戻るようにし、あとは標識に従えば登山路に導いてくれます。


テレビ塔の斜面にはいろんな種類のスミレが咲いている

 駅からしばらく歩くと、道路脇にある廃屋の地続きの斜面にカタクリ、アズマイチゲそれにニリンソウが咲いています。さい先がいいなあと思いながら山に入っていくと、やはり秩父の山は植林が多く花々を望むべくもありません。それでも、取り残された雑木の周囲にカタクリやスミレがわずかながら咲いています。ある急斜面では崩壊した岩場の上部にカタクリが少しながら群れていました。その後はまた植林の中を歩きますが、ガスが湧いてくるような感じでスギ花粉が飛んでいます。標高を300mほど上げると太陽の光が射す植林地になり、カタクリがちらほら見かけるようになります。ただ、どれも幼いものばかりで、花芽を付けたものはありません。そんな様子が標高1000m近辺まで続きました。


城山手前の稜線のミツバツツジ

 城山コースの登山道は、斜面の至る所に模造の木で階段が付けられています。これだと歩調が合わないので歩きづらいことこの上ありません。このコースの稜線の南斜面はどこも急斜面になっています。そしてミツバツツジがまばらに見かけるのですが、登山道脇のところにツツジの木はありません。近づけるところのツツジはみんな掘り取られてしまったのでしょう。
 
 城山という名前に何の意味も感じていなかったのですが、標識を見ると昔熊倉城があったところだったのでそう呼ばれるようになったのでしょうね。地形的には秩父の里を広く俯瞰できる場所なのですが、今は植林された樹木が視界を奪っています。そこを少し下ると林道に出て、熊倉山の登り口となっています。


熊倉山頂上標識
@

 城山の手前で男性が軽々私を追い越していきます。まず996mを目指しますが、登山道はどんどん急になっていきます。もう休み休み行くのですが、戻ろうかなどと弱音も芽生えてきます。なんとか頑張って次のコブを乗越えるとまたコブが出てくるといった様子で、熊倉山までの長いことと言ったらありません。また一つ一つの登りが特に急峻なので、寒い時期はしっかりとアイゼンを装着しないと大きな事故につながること必定と言えるでしょう。今は通行止めとなっている日野コースと熊倉山頂上の中間地点に差しかかると先の男性が下りてきます。熊倉山の頂上手前で白色の標識に出合いますが、これが今の日野コースへの分岐点でした。

 熊倉山の頂上に着いたのは、予定の時刻より遅れること1時間の13時30分でした。今回は本当に本当につらい登りでした。今までにこんな思いをしたのは、北海道の日高山脈ペテガリ岳の西尾根コース以来です。仕事の環境がすっかり変わって疲れていたことや、アップダウンが想像以上に多かったのが原因だったと思います。


酉谷山方向にある頂上標識
A

  熊倉山の頂上でたっぷり30分も休んでしまいました。ここから酉谷山までは地図上で3時間、さらに避難小屋まで行かなくてはなりません。酉谷山方面に向かうと派手な注意書が気にくくりつけられています。道迷い遭難が多いそうなんですが、登ってきたときの道の風景を忘れ方向感覚がなくなって聖尾根に入ったり酉谷山方向に入ってしまうのでしょう。
  
 熊倉山から酉谷山への登山道を下ると前方からの登山者2人が見えますが、こちらには気付いてはいないようです。少し登山道を外れて斜面をがんがん登ってきます。聞くと、酉谷山を回ってきての日帰りだと言いますから矢岳経由だったのでしょうか。もう午後3時に近い時刻ですから、タフとしか言いようがないですね。普段でも私にはもうそのような体力は残ってはいませんが、今年からは時間がたっぷりありますから、少々足が遅くてもどうにでもなります。それに万一のときには野営(ビバーク)できるような装備と心構えで来ています。


頂上標識A先にこのプレートがある

ところで天目山(酉谷山)は右でしょうか、左でしょうか。これ自体もあいまい。
(酉谷山へのルートは、少し行くと左手に立派な網目模様のごみ箱が置かれています。)

 その後知らぬ間に檜岳(1451m)を通り過ぎ、1452mも何となく過ぎると徐々に登り一辺倒になります。枯れたスズタケの中を通り小黒(1650m)への登りとなりますが、ここも延々と辛いところです。途中「大日向」方面へ分ける道(標識はなし)を右に見て小黒へと登ると、まっすぐ正統に?尾根を行く道と斜面を巻く細い道(というより踏み跡)に分かれます。もう辛さ解消のために小黒と酉谷山の鞍部に出てしまえと細い道を選びました。途中古びた標識が立っていて「大日向」(左)「酉谷」(右)の字が読み取れます。これで楽ができると思ったのも束の間、道は90°曲がって山の高いほうへ向かって急斜面を登ることになってしまいました。あとからGPSの軌跡を見ると小黒頂上に突き上げていて、頂上では少し巻いて歩いていたようです。


熊倉山から小黒を登るときに巻き道に入るとじきにある標識

 <GPSログ>

 小黒からいったん下って大血川峠に下りてからすぐ酉谷山への登りに取り付きます。落ち葉の表面だけが乾いていて、地面はまだカチカチに凍っていますが、滑り落ちるというような斜面ではありませんでした。ただところどころに雪が残っていました。酉谷山への頂上手前の崩壊斜面を前方に見て、今度は頂上の東側を巻くような感じでどうにか酉谷山頂上に着いたときはもう午後5時を過ぎていました。早くザックを降ろしたくて酉谷山避難小屋に向かいます。最近は平日でも避難小屋を独占することが少なくなっているのですが、小屋の外に登山靴が3つも干されているが見えました。気のいい青年3人の者でしたが、うち2人がひどい風邪をひいているようでした。

 若者と山に登るどのくらい登るのかという話になった時に、若者から「山ガールって本当にいるのでしょうかね。私たちは山でその山ガールにあまり会ったことはないんですよ。」との質問がありました。そういえば、私もよく山に登りますので山おばさんには出会っても、山ガールにはめったに会うことはありません。「たぶん、高尾山なら山ガールがあふれているでしょうね。」と答えておきました。


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