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ヒグマにも遭いました!カムイコザクラ咲くフラワーロード
ヌカビラ岳〜北戸蔦別岳〜七ッ沼縦走
(1日目)


 6月19日(1日目) ■


午前9時39分にやっと朝日を浴びて カムイコザクラ

 出発当日,仕事を途中で切り終え,重いザックを背負い、職場をそっと抜け出して羽田空港から新千歳空港へと向かう。前夜、仕事が終わったのが12時過ぎで,体力の限界に挑戦するような今回の計画だ。

 新千歳空港でレンタカーを借り,時間の節約のため今回は、北海道では利用することのない高速道路を通って日高町に向かう。日高北部森林管理署であらかじめ申し込んでいた千呂露川林道ゲートの鍵を借り,その後コンビニで食料を購入する。千栄から二岐沢出合に向かって林道を慎重に走り,途中林道ゲートの鍵を開けて二岐沢出合ゲートへと進む。もう時刻は午後7時を過ぎたので,ヘッドライトを点灯して進むが,キタキツネやエゾジカが暗闇に照らし出される。


二ノ沢は倒木に覆われているが歩き辛いわけでもない

 二岐沢に着いたのは午後8時近くであった。駐車スペースにはデリカが1台停められているが,人の気配はなかった。満天の星の下,車内で夕食を摂ってそのまま寝込む。出発を午前4時と決めていたから,寒さで目が覚めやすいようにとシュラフなどを用いなかったおかげと,沢を流れる水の音も相まって何度も目が覚め,当初の予定どおり午前4時ちょうどに行動を開始することができた。

 ゲートから取水ダムまでは,それまでの林道より路面状況は良くないが,車の通行に特段の支障はないものと思われる。だが、この道路は北海道電力が管理する道路で、通行が制限されている。ゲートを出発すると,林道に突き落ちるごく小さな沢とも言えないような流れの跡があるところの,ちょっと小高いところにヤマオダマキが咲いていて,そこから数分もしないところでは,ノビネチドリがちょうど満開となって咲いている。


みずみずしいノビネチドリ 路傍に咲いていて大丈夫かな

 取水ダムに着くころにはすっかり夜も明け,すぐ沢沿いの細い道に入る。小道は草に覆われて朝露でズボンが濡れるが,雨衣を着用するほどではない。ただ,登山靴をそのまま濡らしておくとその後水が入ってくるし,汚れ対策,ダニ対策としても有効なので最初からレインスパッツを着用しておく。

 取水口から歩いて程なくして千呂露川に出合い,次々に出てくるノビネチドリやエゾオオサクラソウ,オオバミゾホウズキなどを見やりながら,前者の靴跡を確かめつつ進むと急に靴跡が消え,ヒグマの足跡となっている。そしてその足跡はくっきりと新しいが,その足跡は急に登山道からはなくなっている。


新鮮ででかいヒグマの足跡

取水ダムから先はもう完全にヒグマの営巣地であり,餌となる草木が至るところにあって、青葉が茂って隠れ場所も多いから,いつヒグマと出会うかもしれない。用意したカウベルをザックに取り付け,ホイッスルを定期的に吹いてこちらの所在を知らせる。


沢をどんどんどんどん登る

 崩壊地をへつり,高捲きの岩場を通り荒れた沢を遡行すると朝の光が差し込んでくる。沢は明るく照らされ,川幅も広くなって山へと続いているから,小沢を渡って明るい方向へと向かうと前者の足跡はなくなり,林床の道はいつの間にか獣道のようになって川から離れるので,地図とGPSで現在地を確認するとあらかじめ入力していたルートから外れかかっている。いったん戻って確認すると,本来遡行すべき沢は小沢のほうであり,そこは二ノ沢出合いで,大木に赤テープが張られていた。その大木の脇に目をやると高捲きの道があって,そこを進んで二ノ沢に出てからは沢に沿って上がっていく。


1300mから1500mまでの間に咲いていた シラネアオイ

 沢を大きな雪渓が埋めている。尾根の取り付き口の場所も定かでないことからアイゼンを装着して進むと,程なくして滝があり,その手前が取り付き口であった。取り付き口からの登山道は急勾配で、フィックスロープも何本もある。樹林下にはスミレ,ツバメオモト,シラネアオイ,エンレイソウ,ショウショウバカマ,エゾエンゴサク,エゾノリュウキンカ,ミヤマハナシノブ,エゾオオサクラソウ,エゾシオガマ,サンカヨウ,ナンブソウなどが咲いていて,もうこれはヌカビラ岳フラワーロードと呼ぶにふさわしいなんとも贅沢な光景である。


尾根取り付き口付近の雪渓 

 地図上,この先に「命の水」が湧き出ていることになるが,取れないことも考え、雪渓をいったん下って沢水を直接汲んで万一に備えた。実際,「命の水」場は半分雪に埋もれ,樋も取れていて水量も短い時間でプラティパスに入れるのは面倒な状態であった。(水場としての機能にまったく問題はない。)


稜線に出るとチロロ西峰(左)とチロロ岳が姿を現す

 急登をそのままがまんして登ると視界が開け,チロロ岳が遠望され,ヌカビラ岳も近付いてくる。稜線の北斜面に付けられている登山道はところどころ雪渓に覆われているが,慎重に通過すれば特段の問題もなく,地形から判断してもアイゼンの必要性はなかった。そういえば,雪渓に前者の足跡はないが,それまであった足跡はいつの誰のものだったのだろうか。


ヌカビラ岳下部の岩場

 ヌカビラ岳から北に派生する尾根上部は,ゴツゴツした岩場であり,これは何かが期待できるなと,胸を高鳴らせて足を進めると,はるか遠くの岩場がかすかにピンク色がかっている。

 果たせるかな,それは今回の登山の最大の目的の,長く対面をあこがれた花であって,登山道の真ん中にも,この岩場にも,あの岩場にも咲いている。盛期は1週間ほど前であったろう。西から強く吹きつける風に花びらは揺らされているが,この色,この形,この毛はまさしく日高の高山帯に咲く花である。


2年越しのプランを実行した甲斐があった!

 あまりにも長い時間,この花の前で滞留してしまった。いい加減に主稜線に出ないと幌尻岳往復もおぼつかない。下山時にもまた花を見ることができるのだからと,やっとの思いでザックを担ぎなおす。
 幌尻岳が見える。北カールも,肩も,戸蔦別岳も。そして遥か遠くの戸蔦別岳の頂上には数人が立っているように見える。ヌカビラ岳と北戸蔦別岳の鞍部に大きな雪渓が分水嶺のように張り付いていて,ここを慎重に通過して頂上に至ると,なんとテント場にザックが5つも置いてある。


どの花たちも西側にしか咲いていない

 北戸蔦別岳頂上には,以前は1張り分しかテント場がなかったはずだ。今,その平場のすぐ上にどうにかテントを張れるような平場ができている。そこにザックは置かれていないことから,とりあえず自分のザックを置き,この吹きっさらしにテントを張ることを考える。憧れの北戸蔦別岳頂上の快適なテン場での幕営の夢は破れてしまったが,それも仕方のないことだ。


ヌカビラ岳の次のコブから北戸蔦別頂上


雪渓を振り返って見る


雪渓から北面の三ノ沢源頭のカール状地形を見る

 それよりも,もう12時近い。幌尻岳を往復するには順調にいって6時間を要することから,サブザックに必要なものを詰めて戸蔦別岳へと向かう。戸蔦別岳南斜面には雪渓が取り付いているが,雪渓の幅は非常に狭く,カールへと切れ落ちているが,真新しいザイルがフィックスされている。


1881m峰先のコブを進むパーティと北戸蔦別岳南斜面及び雪渓


1881m峰幌尻山荘分岐先のガレ場のコルを5人が降りてくる。年配の夫婦を先頭に学生風の男子3名だ。見たところ指導教官と学生といったところか。

「どちらから上がりました?」

「千呂露川から入りました。」

「帯広ナンバーの車があったでしょう?」

「デリカですよね。」

「伏美岳から登ってチロロを下るために車を回してあります。」

「ところで,北戸蔦別にテントを張るのですかね。」

「ヌカビラ岳でテントを張るので使えますよ。」

「夢がかなえられます。気を付けて。」

あ,そうだ。この人たちはピパイロを通ってきたのだ。どうして1911m先に咲いているツクモグサの様子を聞かなかったのだろう。うかつなことをしたものだった。


戸蔦別岳への途上で

ヒダカイワザクラは、アポイ岳のカンラン岩の露出したところに咲いている。そうであれば,戸蔦別岳に露出しているカンラン岩帯にも近種が咲いていてもいいはずだが,岩の色,割れ目の幅,岩の表面のザレ感がどうも違う。期待の花はどこにもなく,ミヤマキンバイ,ナンブイヌナズナの黄色い花,キバナシャクナゲ,ミネズオウ,エゾノツガザクラのほか,ユキバヒダイが多く芽を出しているだけであった。


ナンブイヌナズナ

戸蔦別岳に登ると眼下に七ッ沼がその全貌を現す。頂上から幌尻岳に向かって七ッ沼の岩崖斜面上部をたどり1768mを過ぎるころから冷たい風が吹き付けるようになって,幌尻岳も雲の中に入ってしまった。このまま先に進んでも展望も得られないだろうし,1日の歩行時間も12時間をゆうに超えてしまう。これから北戸蔦別岳に戻るだけでも2時間が必要だ。


七ッ沼と幌尻岳


カール壁から大きなダルマ状になった雪がたくさん転げ落ちていて幕営の場所は限られる


幌尻岳は急にガスに覆われ気温も急降下する

北戸蔦別岳も1967mもピパイロ岳も、西から連綿と流れてくる雲に覆われてしまった。西から吹き付ける風で体の右側が冷えてくる。レインウェアを着込んで保温に努めるが,長時間の行動で体力の消耗も感じられる。ここが潮時だろう。幌尻岳は,また秋にでも来て登ったらいいやと,踵を返す。単独行は神経質なほど安全第一がいい。
 北戸蔦別岳に戻る途中,カール斜面を掘っている黒い動物が目に入る。
その距離は150mから200mほどか。やつはまったく気付いてくれない。カールの上部は北戸蔦別岳の頂上で今日そこに泊まれないと行き場がない。稜線しか歩かないからとホイッスルも鈴も持ってこなかった。そういえばすれ違った5人は鈴を鳴らしていた。


ヒグマがこちらを凝視しているときにはレンズを向けることができなかった

そこで、ダブルストックをポンポンと叩いて音を出してみるが,ヒグマは気付いてくれない。そこでカメラを取り出して4枚画像を撮る。そしてもう一度「ポンポン」。やっと気付いてくれたが,こちらをにらみつけるだけである。きらきら光るレスキューシートも置いてきてしまった。何かひらひらさせて,体も大きく見せなくてはならない。まるで和牛のような図体のヒグマに対抗しなくてはならない。着ていたレインスーツの上着を脱ぎ,大きく広げて肩に掛けようとしたら,ヒグマは「なんか面倒だな。」というような感じでノッソノッソと樹林に入っていって姿を見せなくなった。

北戸蔦別岳頂上からヒグマがいたカールの採餌の場所は,150mほどしか離れていないが,ここにテントを張らざるを得ない。ペテガリ岳でのヒグマとの対面時と同じだ。そう危機感もなくテントを設営した。昼間は通じなかった携帯電話が夕方になって通じるようになったことから,家人にメールを送る。戸蔦別岳を眺めながらのビールに夕食と,至福の時間が流れて行ったが,知らぬ間に,今日の14時間に及ぶ行動が中年のメタボ体に影響を及ぼして爆睡状態に入ってしまったようだ。


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