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熊ノ平小屋から塩見岳(往復)
両俣小屋〜熊ノ平小屋〜間ノ岳〜北岳
(2011/ 9/16〜18)


 9月17日(2日目) 

熊ノ平小屋〜塩見岳〜熊ノ平小屋

 2日目の朝は、天気予報どおりのどんよりした空です。それでも未明の雨は止んだので、塩見岳に向け出発することにしました。登山道は樹林帯の急斜面から始まります。下草や木の枝にはたっぷりと雨が含まれているのでシャツやズボンが濡れてきます。登山靴は前回使ったままで防水スプレーを吹き付けていないので、このあと水が靴の中に入って、大変なことになってしまったのでした。

 
安倍荒倉山の頂上まで1分はいりません

 朝一番の小屋からの急登は、まだ目覚めない体にはきつ過ぎます。しかし、そこは何とか体をごまかさないと物事は始まりません。休まないように、かつ、歩幅はこれ以上ないほどの狭さで歩いているうちに、すっかりなじんできました。その後、稜線を巻いている樹林の中の登山道を歩き、小岩峰からは岩稜地帯となって、高山の趣が感じられるようになります。ときおり雨が降ってきて合羽を着なければならないほどになってきました。


わずかに残る草は鹿が入り込めない木々の下のみにあり、トリカブトも例外ではありません

 岩稜から樹林帯へ、樹林帯から岩稜へと繰り返すうちにハイマツの斜面から顔を出すとそこは北荒川岳でした。前方に塩見岳の中腹から下が見えます。その光景は、カムイエクウチカウシ山を見るような大迫力です。これで全容が見えたなら、感激はさらに増したことでしょう。北荒川岳南斜面の広いザレ場を下ると小さな小屋があります。かつてのキャンプ指定地ですが、テントを張ることはだめになっているようです。


北荒川岳から塩見岳方向を見る

 次第に雲が取れてきました。小屋からダケカンバの疎林を登り振り返ると、北荒川岳が姿を見せます。青空も見えますが、この天気は長持ちせず、また雨が降って来るのです。それにしても鹿の食害は甚大です。ここはダケカンバ林の間に草本植物が密集する群落が成立する比類のないお花畑があったところで、高茎草原と呼ばれる場所です。高茎草原の代表的な花は、クルマユリ・コバイケイソウ・クロトウヒレン・ミヤマキンポウゲ・オニシモツケ・ハクサンフウロなどらしいのですが、北荒川岳のお花畑はマルガダケブキのオンパレードになっていて、もはやお花畑と呼べる場所ではなくなっています。中部森林管理局の報告書がその経緯を詳細に伝えています。


小屋は厳重に塞がれています

 今、登山者が自然のままのアツモリソウを見ることができる場所がどこにあるでしょうか。そのホテイアツモリソウがかつてこの北荒川岳にあったとのことですが、今は鹿の食害で絶滅してしまったそうです。その北荒川岳の在りし日のホテイアツモリソウの映像(御法川直樹氏による東京ビデオフェスティバル上映作品「塩見岳のアツモリソウ」)を見たことがあります。ダケカンバの間に咲くホテイアツモリソウの姿は美しく、昔の登山者はこのような風景を当たり前としていたのでしょう。「30年ぶりに友人と塩見岳を登って制作した。30年前は足の踏み場もないほど群生していたのに、鹿の食害で見る影もなかったという結末だ。」とのことです。


晴れてきました

 北荒川岳からいったん下ってダケカンバの疎林を登り、再び下りまた登り返すと尾根の東側斜面に踏み跡が見えます。池ノ沢小屋に至るルートです。この分岐を過ぎてさらに高度を上げると塩見小屋が見えました。ちょうどその辺りにテント場があり往時は数張りは張られることもあったようです。今日は、本当は午前5時に熊ノ平小屋を出発するはずでした。しかし、テント内で躊躇していたことから実際の出発時間は1時間30分も遅れてしまいました。ところがほぼ休憩なしで歩いたので、蝙蝠岳分岐に着いた時にはほぼ当初予定のスケジュールに近い時間配分となってきました。これもサブザックのみの空身だからでしょうが、公称で往復12時間のルートで水を1.5リットルしか背負わなかったのはちょっと、無理があるようです。この分岐にも一張り分の整地されたテント場があり、今でも使われているようです。


再び雨の中 塩見岳

 蝙蝠岳への分岐、北股岳から最後の傾斜をひと登りします。再び雨が降ってきました。今日はそのような天気の繰り返しです。芦安の大きな第1駐車場では昨日、満車となるほど車が停まっていました。ですから塩見岳にも鳥倉林道から登ってくる人がいるだろうと思いながら頂上に向かって行きます。しかし、東峰は無人、さらに先に進んで西峰に行きましたが無人でした。合羽を着込んでいますから寒くはありませんが、10度にも満たない気温のようです。今回は、冬用の防水手袋も準備してきました。そろそろ高山はしっかりした冬支度が必要になってきました。


かつてのアツモリソウ畑

 塩見岳の頂上には昼食タイムを兼ねて30分ほどの滞在です。可能ならば熊ノ平までノンストップで歩き通したいのです。帰路の所要時間も6時間と表示されているのには違和感がありますが、往路が4時間10分でしたから、復路は疲れも見込んで4時間と考えます。昨夕テントを設営したときに、トレッキングポールをグランドシートの下に置き、テントサイト斜面から流れ込む雨水が直接テントのボトムを濡らさないように工夫しました。そのため、今朝出発するときにトレッキングポールが目に入らず、持ってくるのを忘れてしまったのでした。持っていれば推進力が加速され、足への負担が軽減されたものと思われます。


北荒川岳から振り返る

 ないものはないのですから、塩見岳の頂上から手ぶらで下ります。展望もあまりありませんから、あとはただひたすら歩くだけです。立ち止まったのは数枚の写真を撮るときだけ、他に考えることもありません。ただただ歩きます。来たときの風景と帰りの風景は違うものですが、小岩峰前後の風景は来たときとはまったく違っていました。まるで北海道の山を歩いているようなハイマツと岩稜でした。それほど朝も黙々と歩いていたということなんでしょう。


手の切れるような水が流れる水場へ15秒

 予定では休憩なしで4時間20分と見込んでいたのですが、3時間45分で熊ノ平小屋に着いてしまいました。これほどの時間を休憩なしに歩いたのは過去に一度もありません。小屋に立ち寄るとご主人が笑顔で迎えてくれました。小屋の営業に何ら貢献のないテント泊者ですが、ずぶ濡れになった孤独な登山者に「ストーブが燃えているから、中に入って濡れたものを乾かしていいですよ。」と言ってくれました。その好意に甘えるつもりだったのですが、いったんテント場に帰ると、雨が間断なく降ってきてしまい、外に出るとせっかく着替えたものが濡れてしまいます。また、登山靴は水浸しになっていて、他に履物を持ってきていないので小屋に行くのはやめにして、暖かい暖房の利いた小屋の広間でのまったりした光景を思いながら、テント内でガスに火を点けて下着を乾かすのでした。(注:プリムスのガスストーブ「P−114」の自動点火装置はスパークが弱く火が付きません。そこで、石を使ったライターを用いますが、雨の中持ち歩いたので湿気を帯び火花が出ません。最後の手段として防水マッチを擦りますが、これは花火と同じだということが分かりました。テントの中で花火に火を付けてはだめだということがよく分かるほど煙が立ち込めるのでした。)


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