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初冬の白馬岳 
2009/10/11



大雪渓から中央に離山 左に杓子岳

 深夜のひっそりとした猿倉の駐車場からは、小蓮華山方向のの稜線には雲がどっかりと被さっている分かるが、天気予報は快晴と言っている。安心して3時間の睡眠を取って、午前5時30分、猿倉荘を出発する。林道を淡々と歩き、明日の下山道である鑓温泉からの道を左に見て、白馬尻小屋に着く。小屋の温度計は1度を指している。白馬尻小屋で、”淹れたて”の張り紙に誘われてコーヒーを注文し小休止する。小屋番さんに「雪渓は固いので気を付けて!」とわざわざ外まで見送られ、大雪渓に向かう。

 大雪渓は大きく後退している。雪渓下部でアイゼンを装着する。雪渓は氷化している。ところどころクレパスもあって、大きなものは1mほどの幅で数メートルの深さがあるが、赤テープをたどれば問題となるところはない。空は真っ青で、紅葉、ハイマツの緑、冠雪の白の彩が美しく、心が躍る。

 雪渓上部でいったんアイゼンをはずす。下山中の単独女史は、「昨日は暴風雪模様でした。今朝もガスがかかっていてほとんどの人が下山してきていますが、この青空を見ると戻って展望を楽しみたいですね。」と、今の天気がうらやましいと言った感じである。


旭岳(南東斜面に清水尾根へのトレースがある)

 岩室跡の手前のトラバース道は左岸からの崩落が酷く大崩壊していて、いつ巨石が落ちてきてもおかしくない。岩室跡からの登山道は、台風の雨が凍ってつるつるとなった上に昨晩の雪が積もっていて、その状態は村営頂上小屋まで続いている。

 「おはようございます。」とあいさつを交わしたカップルの女性は、鶯色のOSPREYのザックを背負っていて、ザックにシュリンゲを下げている。「先月鳳凰三山を歩かれましたか?」と聞いてみると、「まだ鳳凰を歩いたことはないんです。」とのこと。

 陰影のない雪道を見失って、いかにも登山道様の水の流れを上部までたどって間違いに気付き、下にいた人に「登山道はどこですか。」と聞くと、岩陰から降りてきた人が「ここだよ。」と応えてくれる。このころからガスが稜線から激しく流れ落ちてきて、視界が悪くなってくる。


当初計画の杓子岳(左雲海)と鑓ヶ岳(中央雲海)

 村営頂上小屋に着くと、濃いガスを伴った強い風が吹き付けている。杓子岳最低鞍部からの登りが時々顔を見せるがトーレスはなさそうだ。鑓ヶ岳は一向に姿を現さない。小屋の休憩室でうどんを頼んで昼食を摂る。小屋の従業員が「稜線は凍っていてその上に新雪が積もったので、ほとんどの皆さんは予定を変えて下山されたようですよ。」と暗にアドバイスをくれる。しばらく様子を見るが、ガスは濃いままだ。やめよう!

 昨日、テントを張っていた人がいたとのことでテント場を見に行った。何か所かテントを張った跡があるが、強風が吹き付けていて、過去にここでその強風にやられてテントのポールが折られた恐怖体験から、テント泊も諦めて下山を決める。同じく鑓温泉まで行く計画で、当初ここでテントを張ると言っていた男性2人も小屋に泊まると言う。

 ガスが酷くなって完全な視界不良であるが、白馬山頂までなら迷うことはないだろう。イアーバンド、ネックゲイター、ゴアテックスグローブ、ゴーグルで風と寒さに備え、縦走装備の重いザックを背負い頂上に向かう。こんなときに歩いている人はいないだろうと思っていたが、2つのパーティが下りてきた。

 間もなく白馬岳の頂上というころで、ポッと頂上付近が明るくなった。「やったー。」と声を上げて頂上に近づく。ガスに覆われた頂上にしばらく留まり、ひょっと後ろを振り向くと突然旭岳北東斜面の壮大な姿が現れる。その威容、荘厳なたたずまいに息を呑む。急に開けた視界に思わず谷に吸い込まれそうな感じになる。空がぽっかり開けて雲海が広がる。後続の男子学生5人組が歓声を上げて登ってくる。


白馬岳山頂

 頂上まで行っても仕方ないしと、いったんは下山しようと途中で思ったが、(連休にもかかわらず仕事があったのを無理して山に来たのに)頂上標識にハイタッチしなくて何の意味があるのかと我慢した甲斐があった。「息を呑む」という言葉は知っていても、この意味を体現する経験はなかった。濃いガスの中から旭岳だけが浮かび上がる光景は、驚き以外の何者でもない。

 いったん下山を開始すると、ほとんど休むことなく歩く。ドイツ語?を話すカップルと相前後しながら猿倉を目指す。単独行女史が登ってくる。「頂上で少しの間眺望が楽しめましたよ。でももうガスがかかっていて残念ですね。」というと「希望は明日にもありますからね。気を付けて下りてくださいね。」とアラ還に対して優しい人だった。

 睡眠3時間で歩いた縦走装備の白馬岳11時間往復は、アラ還の体を疲れ果てさせていた。道の駅「安曇野松川」の駐車場でエンジンを止め4時間ほど寝た。深夜、すっきりして目を覚ましエンジンのスイッチを回すが、ウンともスンとも言わない。そうだ、背もたれを倒したと同時に気絶するように眠りに就いたのだった。ライトを消し忘れていた。

【結論】アイスバーン化した登山道を、杓子岳は登れても鑓ヶ岳をスリップ事故なしに登れる自信はまったくありませんでした。弱い自分を褒めてやりたい!

                                 【避難小屋】

 2009年のトムラウシ山での大量遭難事故を受けて十勝新得町が避難小屋設置の要望を北海道に行いました。これに対し、避難小屋設置反対の意見も出ています。今年、白馬岳大雪渓には新しい避難小屋が建てられました。広さは畳み4枚程度で8人程度が腰掛けられる広さです。

 避難小屋は泊まることができる広さがあるものだと思い込んでいたのでした。避難小屋設置の反対意見として「避難小屋を当てにしたルート設定がある」「安易な登山者が増える」「維持管理はだれが行うのか」「景観が損なわれる」「かけがえのない自然環境の保持」などが上げられ、すでに新得町や道庁にはそのような考え方による意見が寄せられていることと思います。たしかに士幌高原道路などは必要性の薄い道路付けで、実際に見てみるとここを誰が通行するのだろうと言うようなところですが、同じ自然保護などの観点からしても、避難小屋の設置はそれと異にする問題です。

 白馬大雪渓の新避難小屋を見て、避難小屋設置についての肯定派にも賛成派にも、その想像力が欠如していたのだろうと思いを新たにするいい先例です。これが真の避難小屋の姿であるといえるでしょう。雨風を防ぐことがでるし、簡素かつ堅牢な作りです。トムラウシ山に必要なものは、幌尻山荘や夕張岳ヒュッテのような営業小屋と見間違うものではなく、真に避難が必要な状況下で使用することができる避難小屋です。さまざまな要因で不幸にも弱者となならざるを得なかった登山者の命を救うこともできるわずか2坪半程度の小屋(部屋)の設置が、景観美を損ねたり自然保護に反するものではないでしょう。それでも避難小屋はいらないと言うのでは、狭量との謗りを免れ得ないものと考えます。

 北アルプス朝日岳から白馬岳の縦走の際は、暴風雨に遭遇し真にやむを得ず避難のために雪倉岳避難小屋を利用したことがあります。自然が大事でも景観が大事でも、それに勝る命を守るべき役割が避難小屋には課せられていることを理解する必要があるでしょう。

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