[HOME]

とっておきの山・ヤマシャクヤクの大群楽
(2009年)

 2009年5月12日 

 しばらくぶりに2日間の連続した休みが取れたというのに、県界尾根から赤岳を経てキレット小屋でテント泊し、翌日真教寺尾根を下りる計画は、前線が夜半に通過するとの予報で急きょ中止とせざるを得なかった。このコースでは今の時期はまだアイゼンとピッケルを持っていく必要があるが、途中の岩場でコイワザクラが見られる。また、下山後、地表を削り取られていない清里周辺の林床などでサクラソウを探すのも楽しみであった。しかし、やっと地表が出たばかりのキレット小屋の雨のテント場で、一人夜を過ごすのはやはり寂しい。

 我が家のヤマシャクヤク(園芸種)が急に地表に茎を伸ばして10日ほど過ぎたし、このごろの気温の上昇で、冷涼な山のヤマシャクヤクもそろそろ見ごろを迎えているのかもしれない。八ヶ岳に行けないのなら、わずかな情報を手がかりに温めていた「とっておきの山」に行こうと、前夜、朝4時に起きるように目覚ましを2つ掛けたが、疲れた体が言うことを聞いてくれず、結局出発は朝6時30分となってしまう。高速道路を使って山に向かって車を走らせる。

 高速を下り、町を抜け、林道に入り、渓流沿いの山の麓に着く。さっそく身支度を整えて山道に入る。山は新緑に包まれている。深呼吸をして木々の香りのする爽やかな空気を肺一杯に吸い込んで歩き始める。今日は徹頭徹尾、ヤマシャクヤクを探すつもりだ。ヤマシャクヤクの花は、北海道に単身赴任中、札幌の郊外を車で走っているときにその防風林だけが他の防風林と様相が違うので入ってみると、林床で初めて一輪の花を見つけて鳥肌が立ち、心が震えた花である。結局、その防風林では開花株だけで16株ほど見つけることができた。

 

九十九折となっている山道の左右を、目を皿のようにしてくまなく植物の葉を観察する。もう花期がとっくに過ぎたスミレ類や、ウツボグサ、チゴユリなどを見やりながら標高を上げる。植林された樹林帯は陽がよく差し込まず植生に乏しい。稜線に出ると今度はイネ科の植物や小笹が多く、これではこの稜線では目的の花はないだろうとは思いつつも、引き続き首を右に左に振ってわずかな端緒を求める。

 稜線の右手は木々が伐採されて視界が広がり、山肌が異常に明るい。それに反して左手の斜面は植林帯となっていて、ガスっぽい天候もあいまって薄暗い。ヤマシャクヤクがあるだろう本命の場所はこの稜線ではなく、別な場所と思われるからと、ぼちぼちと歩く。

 今、山では白い花ならぬ、トイレの後始末のティッシュやトイレットペーパーの放置が見られることがままある。あれれ、植林の樹の中に見える白いものはティッシュかな・・・・。いや違う。ティッシュやトイレットペーパーが丸くなって空中には浮かないよな・・・・。


 それは純白の花を付け点在する数株のヤマシャクヤクであった。北海道で初めて見た1株のヤマシャクヤクの周辺を探すと10数株あった。四国の山ではやはり沢筋をたどるとおびただしい数のヤマシャクヤクに出会った。ここも、これですべてではないはずと四囲を見渡すと、あるある。たくさんある。驚きと感激で胸が高鳴る。登山靴で株を踏まないよう十分に地面を確認して小苗などがないところに足を置いてシャッターを押す。ここを登ってくる人がいるかもしれない。長居は無用だ。結局、85株を数えてヤマシャクヤクの咲く場所を離れて、目星を付けた場所に向かう。途中、植林帯を振り返って見ると、白い花が遠目に見える。これでは無防備としか言いようがない。

 その先でも、もう首が痛くなる?ほど左右を見渡したが、ヤマシャクヤクが咲いているような気配は結局山のてっぺんまでなかった。帰路、もう一度ゆっくりと、じっくりと花を見て行きたいとは思うが、山道から離れての「異常行動」を万が一でも見られるわけにはいかない。稀少な花だけに慎重にならざるを得ない。

 山のてっぺんから下りて、ゆっくり花を見ることとし、朝見た場所に戻る。女性の声が遠くから聞こえた。その場から離れ、身を隠すように樹林に入る。急斜面を下るが足跡は鹿のものだけだ。ここまで下りるともう姿は見えないだろう。枝などを折ったりして音を立てないように静かに歩く。そして驚きの光景が広がる。ヤマシャクヤクが広範囲に咲いている。もうこれは大群落と呼んでもいいスケールだ。1本1本数を数える。朝からのを合わせて400本まで数えた。しかし、切りがない。もう本数を数えるのは止めた。

 鹿の足跡の中に、自分のものでない靴跡があった。しかし、その足跡は抑制的に付けられている。たぶん、ここを自分だけの密かな場所としている人で、自分自身の足での踏み荒らしを懸念している人ではないかと見た。花はその先にも、その先にもあって、この沢をもう少し下ればさらにもっともっとたくさんの花を見ることができるのだろう。だが、もう今日はこれでいい。

 稜線の山道に戻ってしばらく歩くと、同じような雰囲気の植林帯があった。植生の場所の参考として風景を撮ろうと一歩斜面を下る。ただ先ほどのところとは違って林床には小笹が茂っていて、ヤマシャクヤクがあるような感じではない。・・・、しかしここにも1株ではあるが花を付けたヤマシャクヤクがあり、先に進むと1つの場所に小苗を含め20株ものヤマシャクヤクがあった。

参考URL
1 2008/6/11 札幌で見つけられた ヤマシャクヤク (北海道新聞記事)
2 2009/5/28 千歳市のヤマシャクヤク群落 (千歳民報記事)

 何度も通っている街道沿いに、これまでなかった喫茶店ができた。おしゃれでひっそりした佇まいを感じさせる喫店だ。いつも横目で通り過ぎていたが、時間も早いので立ち寄って行こうとハンドルを切る。駐車場の周囲に可愛らしい花が植えられている。山から下りた汗臭い中年親父を歓迎してくれるのだろうか。


まだ手つかずの自然が残っていると言われる北海道でもわずか10数株見つかっただけでも新聞記事になるほどなのに、
「やま旅・はな旅」での山歩きでこれほどの規模のヤマシャクヤクの自生地が見られるということは驚きの何物でもありません。
一方、希少な花の自生地が特定されると短期間にその場所の盗掘を含む荒廃が進み、
結果として自生地の壊滅につながると考えられますので、その特定が可能となる情報は記載しておりません。
ただ、ヤマシャクヤクの生育の特性を考えて探訪すればこの地の特定も夢ではないかもしれません。
この群落の発見に至ったのは、公開情報となっているヤマシャクヤクの地を歩くことから始まったと言って過言ではありません。、

 [HOME]