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エサオマントッタベツ岳〜カムイエクウチカウシ山縦走
(2010/ 7/30〜8/ 4)

[6号えん堤〜ガケノ沢出合(停滞)]

携帯電話通話エリア情報
札内JPからカムイエクウチカウシ山、ピラミッド峰及びその間のいずれの大小のピークにおいても、docomoの携帯電話FOMA N905iμで複数のアンテナが立ち、メールあるいは通話が可能でした。また、1732mのテント場及びカムエク1700mの八ノ沢への下降点も稜線に立てば同様に可能でした。なお、八ノ沢カールでは街の灯りは見え、アンテナは3本立つものの、メールも電話も通じませんでした。昨年に比べ格段にFOMAの通話エリアが拡大した理由は、ピョウタンの滝〜札内ダム周辺が通話可能地区になったことによる副次的影響と思われます。


2010/7/30 06:30のエサオマントッタベツ川 ガケの沢渡渉地点
(マウスオンで2007/7/17の同地点)

 7月30日 (1日目) 

 午前4時、目覚ましで起きる。部屋の窓を開けると雨は降ってはいない。薄いガスがかかっている。もう日の出の時刻に近いというのに空に明るさが見られないばかりか鉛色なので、山は既に雨が降っているだろう。出発時刻の5時、帯広八千代ユースホステルのオーナーの案内を受け、戸蔦別川林道に向かう。車中から見える戸蔦別川は大荒れに荒れている。オーナーに「普段の2倍ぐらいの水量でしょうかね。」と自分にとって都合のいいように聞くが、その答えは「今日の水はそんなものではないですよ。」と冷静な答えが返ってくる。

 車中、「水量が半端でないほど多い。」「今日はやめといたほうが・・・。」「(7月)28日にカムイエクウチカウシ山登山のツアー登山の人たちが増水でヘリコプターにより救助された。」・・・、などとの親身なアドバイスをいただくが、心は「何が何でも渡渉地点には行く。」「今日の渡渉がだめならテントを張って待つ。」「状況がそれ以上悪ければ戸蔦別ヒュッテに泊まる。」との固い決心は揺らぐことなく、車は6号えん堤に着く。


渡渉地点撮影場所から少し右に振って撮影(左上の岩付近対岸が渡渉到達点)

 6号えん堤付近に林道ゲートが設置されている。昨年もゲート設置場所の林道上に水が貯まっていたのだが、大げさに言えば、今年はそこはもう渡渉地点という感じの深さになっていた。オーナーは「エサオマントッタベツ川の最初の渡渉地点に焚き火跡があって、そこにテントを張ることができるので、無理しないで下さい。」との声と、(心配だなと)いつまでも見つめていてくれる強い視線を背中に感じながら、林道を進む。降る雨は徐々に強くなってきて、合羽を叩きつける。

 戸蔦別川林道がエサオマントッタベツ川沿いの林道に分けるところに、入山届を記入する台帳を入れる箱が置かれている。見ると、昨年、カムイエクウチカウシ山からの下山中、三股の雪渓脇でテントを張っていた東京都からの人の名前があった。今年は7月中旬にエサオマントッタベツ岳からコイカクシュサツナイ岳を8泊で縦走する、と記入されていた。この人が、野菜は山菜を採取して自給、タンパク質は魚を釣って自給、「だから何日でも山を歩くことができる。」と言っていたことを思い出す。


渡渉開始地点から10mほど後退した場所から見る怒涛の流れ この脇にテント設営 

 林道分岐を渡渉地点であるガケノ沢出合へと進む。6号えん堤から歩き始めてまだ30分も経たないのに、激しい雨で下着までぐっしょりと濡れてしまった。(これまでの経験も踏まえ)もうゴアテックスなどという神話は信じないことにしよう。林道跡に車が入らなくなったから道は藪漕ぎの様相を見せている。通過する右岸の2本の沢も轟々と水をエサオマントッタベツ川に流し込んでいる。それでも一縷の望みを持って進む。


ガケノ沢渡渉地点にて停滞

 轟々、轟々というすざましい音が近づいてくる。川に出たとたん、「やっぱりだめか。」とあきらめざるを得ない光景を目の当たりにする。川そばに今年、テントを張った跡が見られる。今日はここで停滞。食料の消費を最小限にし、快適なシュラフに潜ってラジオを聴き、文庫本(曽野綾子著「愛と許しを知る人々」)を読む。1〜2m下がったところが川の流れである。水煙を上げる川をのぞき見たりしているうちに夜を迎える。

 夢見心地の幸せな気分であった。すると、テントがヒグマの尻によって押しつぶされようとしている。叫ぼうとしたが、息が詰まって声が出ない。押し返そうとするが手も動かない・・・。気を取り直して起き上がると夢を見ていたことに気付く。まだ日付が変わっていない。雨脚が弱くなってきているようだ。

05:30 6号えん堤〜05:50入山届ポスト05:51〜06:30ガケノ沢出合(幕営)


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