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今年もキタダケソウが見たくて 北岳2007

2007/ 7/1〜2


 7月1日(日) 


大樺沢上流から早川尾根を見る

 夜の都内の環八から甲州街道を抜け、登山基地となる芦安の市営駐車場に着いたのは午前0時を過ぎていた。雨の駐車場は開山祭当日に北岳に登った車で満車状態であったが、今日が日曜日であること、多くが土曜日に登っていることなどは、朝起きてバスの発着場所に行くまでは思いが及ばず、バスの座席が確保できるか気が気ではなかった。 

 いざバスの発着場に行ってみれば、バスは3台も停まっていて、発車の時間が迫っているというのにバスを待っている人はまばらであった。5時10分、バスは芦安の乗り合いタクシーより少し遅れて出発し、夜叉神峠経由広河原向け出発する。


旅行社主催の終始統制の取れた登山グループ 大樺沢

 事前の天気予報は、1日は降水確率30%、2日は70%だったから、当初のテント泊を諦めて小屋泊まりとした。南アルプス林道を走る山梨交通のバスは始終ワイパーを動かしていて、普段見える間ノ岳も農鳥岳もまったく姿を現さず、山の上は相当の雨になっていることだろうと思われるが、雨が降っても、風が吹いても必ず登ろうとの固い決意で来たので、弱気にはならなかった。

 バスが広河原(標高約1530m)に着くと、アルペンプラザ前にはタクシーで来たと思われる、20数人の新和ツーリストのツアーのグループがストレッチに精を出している。湧き水をプラティパスに汲んでから野呂川に架かる吊橋を渡って大樺沢に入る。沢は雪解け水で轟々とした流れとなっており、この沢の音で、日高の山を下りた日の惨憺たる状況が思い起こされるが、大樺沢にはしっかりとした巻き道と2か所に仮設の橋が掛けられていて、渡渉の心配は無い。


轟々たる大樺沢の流れ

 大樺沢の様子は、昨年の同時期と変わらないように思うが、だんだん登って行って標高2100mあたりになると雪渓が沢を覆いつくしていて、様相がまったく違う。雪渓脇にザックを下ろしてアイゼンを着けていると、後続の男女はわざとらしく「まだまだアイゼンを着けるのは早い。」と言っている。しかし、八本歯ノコル直下の標高2700mほどまでは雪渓を直登しなければならないので、八ヶ岳杣添尾根で試してお気に入りとなった、Black Diamond社の10本歯のアイゼン「コンタクトストラップ」をしっかり装着し、ピッケルを手に傾斜を増した沢を登って行く。右俣コース分岐の二俣に出合うと、道標の周囲は緑に覆われているが、右俣コース沿いの沢は雪渓でびっしり覆われている。この男女にはその後吊尾根分岐で会うこととなったが、結局、6本歯のアイゼンしか持ってなく、雪渓の直登をあきらめて稜線をたどってきたということであった。

 大樺沢を遡行する左俣コースは、昨年、ここを登る人たちを羨望のまなざしで見ていたところであり、今年は自分もアイゼンを新調し、大樺沢の雪渓を登り詰めて八本歯ノコルに至り、そこからキタダケソウが咲く北岳南東斜面をたどるのである。雨が降っても必ず登るとの固い決意ではあったが、雪渓に入るころには日も射してきて、何とかキタダケソウを見るころまでは天気が持ちそうな気配となっている。


いつ流れ出すか予断を許さない岩屑 (右)北岳バットレス

 雪渓はきつい斜度を持っており、左岸の岩壁が崩壊して流れ落ちてきた沢からの落石の墓場をおそるおそる横切って、さらに斜度を増す沢を登る。雪渓を大きなザックを背負って、単独でテント泊をしてきたという女性が軽やかに下りてくると思えば、ピッケルもアイゼンも持たない男性がヘッピリ腰で下りてくる。

 標高が2500mにもなると斜度はさらに増すが、上部からピッケルもアイゼンもない男性4人のグループが下りてくるので、足場を作って脇によけて待っていると、「大丈夫ですよ。」と言って踏み跡のあるルートを離れて脇に来たので、「雪渓の先は長いですよ。アイゼンがあったら着けて下さい。」と言っても、そのまま聞き流して下りていこうとした。


岩屑の流れが下方に見える 夏道の取り付きから

 と、そのとき、一人が足を取られスローモーションのフィルムを見ているように、スルスルーっと何の音も無く滑落し、その男性はなすすべも無く下流に落ちて行った。仲間は声を上げることもできずただ行方を目で追うだけで、男性は視界を離れていく。ちょうど落石の墓場で堆積した岩のところで止まった男性は上体を起こしたまま動こうとせず、中間の一人が下りていくが、残りの2人は動くこともままならず、唖然としていたのであろう。

 この出来事の直前には、八本歯ノコル方面でヘリコプターの音がしていて、後で、前日南東斜面の雪渓で滑落した人を救出したと聞いたが、件の男性の滑落の直後には、もう一人が滑落したと、後続のキスリングスタイルのテント泊のグループが話していた。自分は単独行である。どのような場所であっても、事故は取り返しのつかないリスクを負うことになる。自戒しなければならない。


岩にぶつかったのだろう。やっと止まる

 大樺沢の斜面が45度ほどになろうと思われるころ、梯子が連続する夏道が出てきて、キバナシャクナゲやイワカガミの花も見られるようになった。コルまでは残すところあとわずかな距離と思われるが、長時間勤務のあと、休憩なしに車を運転し、駐車場での車内でのわずかな睡眠のみであったことから急激な睡魔が襲ってきて、わずかな時間であるが登山道で睡眠をむさぼる。


梯子が連続して懸けられている夏道と並行する雪渓上部の様子 

 後続のテント泊装備の男性のグループが追い付いてきたので目を覚まし、先に進むと、もうすぐそこが八本歯ノコルで、池山吊尾根や頂上を雲に覆われた間ノ岳が見渡せる。北岳山荘も南東斜面の見晴らしもよく、岩場に張り付くタカネビランジの芽生えを確認しながら南東斜面分岐へと急ぐ。


トラバース道と北岳山荘

 大樺沢の雪渓上で会った男性は、「今日は天気が良くなってきて、キタダケソウを見るのには最高ですね。昨晩、白根御池小屋にキタダケソウを見る50人ほどの人が泊まっていて、その人たちが6時ごろ小屋を出たらしいから、今ごろ南東斜面のトラバースは人で一杯でしょうね。」と言っていたが、分岐に着いてみるとトラバース道には男女1組がいるのみで、ひっそりとしている。


南東斜面 トラバース道の岩肌に取り付くキタダケソウ 

 ゴツゴツとした岩ばかりのトラバース道に一歩足を踏み入れると、キタダケソウがおびただしい群落となっていて、ハクサンイチゲやミヤマダイコンソウ、オヤマノエンドウなどを圧倒して饗宴を広げている。登山道ですれ違う人の誰もがキタダケソウ、キタダケソウと念仏のごとくキタダケソウのことを話題にしていたが、自分も含めて、雨でも登って見てやろうという気持ちにさせるだけの美しさ、気品を持った花である。 


北岳南東斜面上部

 まだアポイ岳のヒダカソウを見たことがない。幌満のお花畑にはもうヒダカソウの姿もなくなって、アポイ岳の頂上の手前に1、2輪見られる程度となっているらしいが、この広範なキタダケソウの群生は素晴らしいの一言に尽きる。以前には、アポイ岳にもこのような光景が広がっていたのだろうと思うと、盗掘は論外として、ロープから外れて写真を撮ったりせず、いつまでもこの美しい楽園の光景が続いてほしいと願うのである。


似ているようですが・・・。

 あの花、この花と時間の過ぎるのも忘れてキタダケソウに見入り、何枚も画像に収める。トラバース道は、昨年とは違ってチョウノスケソウはまだ咲いていないが、ハクサンイチゲやミヤマダイコンソウはちょうど見ごろを迎えていた。

 トラバース道を分岐に戻り、ザレた道を吊尾根分岐へと登るが、昨年は一つもキタダケソウの花を見なかったのに、今日は分岐直下まで延々とキタダケソウが花を付けているのである。そして、分岐の岩場に、思わぬ花を見つけて大きな声を出している男性がいて、場所を変わってもらうとチョウノスケソウが岩場の割れ目に列を成して咲いているのである。ハクサンイチゲ、オヤマノエンドウ、イワベンケイ、チョウノスケソウの見事な固まりもあって、そこは息を呑む風景であった。


吊尾根分岐の岩場で

 岩場の裏は稜線で、谷から吹き上げる風が強く吹いているが、この岩場の影、ロックガーデンはまさに別天地である。この素晴らしい花の風景を見ていると、雨でも登って来ようと思った甲斐があったとつくづく感じるのである。まさに至福のひと時であった。本当に山を登ることを趣味にしていて良かったな。苦しいのを我慢して稜線に上がれば、そこには極楽の風景が待ってくれていたのである。


吊尾根分岐の岩場で ハクサンイチゲ

 そんな幸せな気分に浸っているとき、二俣の手前の雪渓で会った「アイゼン」の夫婦が、「キタダケソウはどこに咲いているのですか。」と聞くので、「ほら、すぐそこのガレ場に咲いていますよ。」とほんの1〜2m先のガレ場に咲くキタダケソウを指して教え、自分はまたロックガーデンを見ていると、男性が登山道を離れてガレ場に足を踏み入れて写真を撮ろうとしている。つい「入っちゃダメじゃないですか。」と言ってしまった。


チョウノスケソウを主体に

 稜線は強い風となっている。合羽を着込み手袋を防水仕様のものに替えて北岳の頂上に向けて出発する。もう視界はきかなくなって風が頬を打つ。大樺沢で前を行っていたツアーグループのうちの一部の人が遅れて頂上から下りて来る。「もう少しですから、あわてないで。」「そう、ストックはこう突いたら、足はこう出して下さい。」「せっかくここまで来れたのですからがんばって。もう少しですから。」などと、一人の女性を励ましながら歩いている。

 先に進んでいる人たちは、吊尾根分岐をトラバース道に下りていっていたから、この女性はキタダケソウの群落は見ることができないが、吊尾根の岩の下部に咲くキタダケソウは無論のこと、咲いたばかりの岩場のチョウノスケソウやハクサンイチゲやオヤマノエンドウに励まされるに違いない。


トラバース道から 間ノ岳

 北岳の頂上の東側には雪がびっしりと張り付いていて、昨年とはまったく光景が違う。肩ノ小屋に向けて頂上を後にすると北側斜面登山道脇から小屋まで雪渓が取り付き、小屋前のテント場も雪渓で覆われ、水場に下りることもできない。

 雨の予報でテントは持参しなかったが、この状況では小屋に頼るとの予定変更が正解だったと、ほっとした。だが、世にはタフな人たちもいて、雪渓上にテントを張っている人、稜線の風が吹き付ける場所にテントを張っている人がいる。予想に反して小屋の宿泊者は多いが、自炊の宿泊者は自分と女性の一人であった。寝具持参であったことから、宿の寝具などが置いていない石油ストーブ脇のスペースを割り当てられた。そこは他の登山者の談笑の場所でもあったことから、寝る直前まで、地元の女性グループ、広島から来た元気な山の会の男女のグループや政治学を学んでいるというドイツ人留学生とその友達のグループと四方山話をし、楽しい山小屋の時間を過ごした。


肩ノ小屋

 小屋番は、「外は天候が急変している。今、みぞれが降っている。」というが、暖かいストーブの周りでの和やかな会話に明日の天気のことも忘れてしまっている。外では3組がテントを張っているが、相当な根性があってのことだろうと思う。

 まだ眠くはないが、持参したシュラフに入って横になると、いつとはなしに意識がなくなっていて、夢の途中で目が覚めると、もう時刻は午前3時にもなっている。風の音は感じられないが、天気予報は降水確率70%であったし天候は良くないようではあるが、11時の始発バスまでに下山すればいいのだからと、しばらくうとうとする。


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