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仙丈ヶ岳から北沢峠 長衛小屋テント泊
2014/ 6/ 13〜14


ムシトリスミレ 南アルプス林道で


 6月13日(金)の後半から2日目の下山編 


ガスの切れ間に藪沢小屋が見える

 ようやく到着した仙丈ヶ岳の頂上は完全に視界不良の世界であった。頂上から130mほど離れた仙丈小屋はまったく見えない。小屋からは作業の音が聞こえる。いったん地蔵尾根方向へ戻り、小屋への分岐点を探そうとするが、その一帯は傾斜にビッシリと雪渓が纏わりついている。雪渓を下りるとザレ場が現れる、雪渓の溶けた水がザレ場を湿潤状態にしており、置いた足に水が溜まりそれがザレを流すようになる。このまま下ると、小屋に行き着かない時にザレ場を登り返すことも困難になりそうだったので、あとわずかの距離とは思いつつ仙丈ヶ岳の頂上に戻る。


ガスに隠れる小太郎山を振り返る

 仙丈ヶ岳から小仙丈ヶ岳方向に進んで仙丈小屋に行くルートは、小屋の人が入っているだろうから雪渓があればベンガラでも撒かれているだろうし、頂上で聞いた作業の音はスコップで雪渓を切っているようなものでもあったし、さらに明日の開業を控えてそのような作業は準備万端だろうと、安全策を採って遠回りして小屋へ行くことにした。1か所だけナイフリッジ状となった尾根に積もった雪の上を行くほかは、夏道が出ていた。分岐からもしばらくは夏道で小屋の手前で雪渓の斜面を下るところがあったが、なんら問題となるものではなかった。雪の上には2人分の明瞭な足跡があった。


北沢峠長衛小屋のテント場

 小屋に着くと、外に人影はなかったが風力発電の羽が回り、発電機もエンジンが回されていた。小屋の2階に登ってドアを開けると、男性2人が缶ビールを飲んでいた。
  「冬季小屋を使わせていただきたいのですが。」
  「駄目だよ。」
  「伊那観光の会社の方には、冬季小屋を使わせていただけるとの了解を得ているのですが。」
  「小屋番が入っているから駄目だ。」
  「ということはすでに営業が開始されているということですか。」
  「小屋番が入っているのだから金はもらう。冬期小屋は使わせない。」
 この日の頭風の小屋番さんは、人かけらの温かみのない、厳つい顔の表情を維持し、あくまでも営業開始日前日の闖入者はじゃまだと言わんばかりに登山者を拒否している。それもそうだろう。だれも来ないと思って前年の残りのビールとつまみでせっかく昼間からまったりしているところを見られてしまっては・・・。


長衛小屋のテント場から 小仙丈ヶ岳方向の山を見る

 まったく一片のコミュニケーションも受け付けないというような人を睥睨する態度に、瞬時に北沢峠に下りてテントを張ることを決める。もうすでに午後2時を大きく回っている。それでも明るいうちには下りることができるだろう。たかだか1,000mの下りである、と粋がって見ても急斜面に雪がびっしりついていて、その上踏み抜きも多く、さらに泥んこの登山道に苦労しながらも、予想した時間内に長衛小屋のテント場に着くことができた。柏木集落の登山口を出発してから12時間経過していた。


イワカガミ 南アルプス林道で

 長衛小屋は、南アルプス市が所有する小屋で、指定管理者である芦安ファンクラブがその運営に当たっている。一方、仙丈小屋は伊那市が80%出資する伊那市観光株式会社が運営しているいわゆる第三セクターである。塩見小屋などもこの会社が管理運営している。第15期(2011年4月〜12年3月)の株主総会では第16期計画として「山岳観光の施設とサービスの改善」を挙げている。
 長衛小屋で、テント場の使用を申し込もうとしたら、小屋の人が「営業期間は明日からになるので、今日のテント代はいただきません。連続して張る場合は明日からの分をお支払いください。」とのことであった。いずれも地方自治体が経営している小屋ながら、その対応には月とスッポン、先進国と後進国の違いほどの差がある。テント場は別として、避難小屋で通年協力金を箱に入れるところ、営業小屋で冬季小屋を使った場合金額は指定されてはいないものの協力金を箱に入れるところ、事前に管理者に連絡して使用の許可をもらい使用料を払うところなどいろいろあって、それぞれのやり方に従うのは利用者としては当然のことである。


丹渓新道への取り付きの階段

 長衛小屋では、営業開始前ながら明日からの営業のために準備していた冷え冷えのビールを分けてもらう。12時間歩いたあとのビールはとりわけ格別・別格であった。テント場には先客のテントが5張ある。さらに運び上げた日本酒を、生野菜を肴として飲み終えるともう睡魔が襲ってくる。
 
 2日目の朝、仙丈ヶ岳頂上方向の空は明るいものの、昨日のように雲が流れていて中層は風とガスのようだ。歌宿のバス停を朝一番に出るバスにはたっぷりと時間があるがと思いながらテントを撤収し、花々でも見ながらのんびり南アルプス林道を歩くこととした。しかし実際は時間を要することとなって、バス停に着いたのは発車まで30分もない時刻だった。バスは30数人の登山者を下ろし、林道を下りるための出発の準備を整えていた。バス停にはヘリコプターで荷揚げを待つ荷物がたくさんあった。運転手さんに挨拶し、運転手さんと話していた人とも話を交わす。天候が悪く荷揚げを1週間ほど待っている仙丈小屋の小屋番さんの一人であった。この北国出身の小屋番さんとは、バスが発車する直前まで山の話、地蔵尾根の話をしたが、明るくフレンドリーな人であった。そして、バスが走り出しても手を振って見送ってくれたのだった。


仙流荘からの長い道を歩く

 南アルプス林道を走るバスの運転手さんには、花の案内をしてほしいとお願いしておいたこともあって、あの花、この花の案内をしてただいた。特に気になっていた花の様子が分かったことは大収穫であった。
 
 計画では、仙流荘から長谷循環のバスで登山口に一番近い伊那里のバス停まで行ってそこから歩くことにしていたが、接続が極めて悪い(仙流荘で湯に浸かって時間を調整するはずだったが)ので、バスを待たず仙流荘〜伊那里〜柏木集落〜登山口までの8km弱をひたすら耐えて歩くことにした。舗装道路は日が照って暑く、柏木集落までの道は急で、山を登っているとき以上に辛い歩きだった。


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