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北アルプス 裏銀座縦走
(烏帽子岳〜水晶岳〜双六岳〜槍ヶ岳)
2002/8/12〜16



裏銀座縦走最終日 槍沢からの槍ヶ岳

□ 前夜 2003/8/12

 長野県大町市から上高地に至る全長47.5kmの北アルプス北部の通称「裏銀座」。北アルプスの中心となっている2700mから3000m級の脊梁を縦断する豪華絢爛たる尾根伝いの道。日本200名山の烏帽子岳、野口五郎岳、真砂岳、水晶岳、日本100名山の鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、樅沢岳を経て日本100名山、標高3180mの槍ヶ岳を最後に極める。

 待ちに待った大縦走は、2002年8月12日(月)から16日(金)の夜行4泊5日の日程で敢行。メンバーは、山好会のY、H、そしてOの3人。出発は、彩の国のJR駅午後10時。駅内のスーパーで食料の最終調達を済ませ、準備は万端。今期の夏阿山縦走のために念願かなって入手したザック「Osprey Crescent 50L」(2002年米国最終製造モデル)にアタッチメントの「Quiver」(8L)をプラスした58リットルのザックに、4日間の山行の必要装備等を詰め込んだ。

 当初計画では、山での一般的習慣のとおり、縦走中は着衣の交換はせず、下山後の着替え1組のみ持参予定であったが、悪天候対策、寒冷対策で持ち物を増やすことなった結果、合計重量は17kgほどになった。


三ツ岳への稜線の花

 北アルプスの山岳縦走路では、コマクサやチングルマ、イワギキョウ、チシマギキョウなどさまざまな高山植物が目を楽しませてくれる。この花の撮影には一眼レフ+マイクロレンズが最適だし、夕暮れの山頂の山小屋で好きな音楽を聴くのもこの上ない楽しみではあるが、名だたる山岳の長期縦走を成功裡に行うためには、背負う荷物の軽量化を図らなければならならず、これら趣味の世界の品物の持参は断念することは致し方ない。

 この裏銀座縦走に先立ち、夏山訓練として、6月23日に北高尾縦走、7月7日に奥多摩・鷹巣山の急登、7月21日に山梨・乾徳山の急登ロングランをこなしたほか、7月15日には会のソーメン流し山行のための下見に酷暑の奥多摩・日の出山を登り、挙句の果ては、7月26日から29日の3泊4日での北アルプス表銀座縦走で、燕岳〜大天井岳〜常念岳〜蝶ヶ岳を登ったことから、体はまさに蓄積疲労の極みにあった。

 2002年の夏の山登りは、多少スケジュールが立て込んでいるが、山登りは気力・体力のほか、スポンサー(希望金額を満額出してくれる山の神様)がそろっていなければ成就しないから、この3点がそろった今年を見逃すわけには行かない。そういうことで、夜のJR駅で今回の仲間全員が顔をそろえて、アルプス号出発駅の新宿駅に向かった。

 新宿駅では、列車の出発まで1時間ほどあることから、駅構内で酒類を求めてホームで飲むが、この際、愛用のナイフを紛失する羽目になった。ともあれ、急行「アルプス号」は、夢とロマンと冒険心を持った3人を乗せて23時50分、新宿駅を発車した。



大町駅頭での登山届への記入

□ 8/13(1日目)

 アルプス号は、松本でさらに関西方面からの登山客を乗せ、05時08分、大町駅に到着した。登山口の高瀬ダムへはタクシー利用となるが、電話で予約しようとしたら、大町駅ではタクシーの事前予約乗車はできないとの答えであった。高瀬ダムに入るゲートからのタクシー乗り入れは制限されているとの情報から、1回目に発車するタクシーに乗ることとし、列車の後方移動し改札口を1番で出て1番くじを引こうとした。

 しかし、裏銀座縦走の登山口である「高瀬ダム」までのタクシーは、05時45分に一斉に発車するとのことであり、登山客もさほど多くはなく、わざわざ1番のりする必要はなかった。そもそもブナ立尾根から登る登山者は(今回の場合)そう多くないということだ。

 空模様を見ると曇り空で、駅構内で登山届けを受け付ける指導員も、「天気は下降気味であり、あまり期待できない天気になる。」との予想をする。タクシーの出発までは、簡単に朝食を摂り、身支度を整えるなどして心を落ちつける。

 タクシーは高瀬ダムまで7,840円の定額制で、超過料金はない。また、4人までの相乗りが可能で、乗客にとって合理的なやり方をしてくれている。1人当たり1,960円とリーズナブルな料金だ。タクシーは大町駅から高瀬川沿いに入り、大町ダムを経由して06時50分東京電力七倉ダムゲートに着く。


TD山好会メンバーのK氏が設計のロックフィル 高瀬ダム

 ここでいったん停車し、ゲート脇にある登山補導所で再び登山届けを出して、06時30分のゲートの開門待ちをする。このゲートを通過できるタクシーは、一度に10台、乗客は最大40人に限られている。06時40分、タクシーは石積みの高瀬ダム堰を登り堰堤で停車する。運転手さんに安全を祈って見送られ、47分、ダム提をトンネルに向かって、不動沢に進む。

 このころは相かわらず曇りがちの空模様ではあるが、降雨の中を歩くことも致し方のないこととあきらめ、東電の作業用トンネルを通り、出口から程なくして掛けられている長い吊橋を渡る。吊り橋の先は、多雨となれば流れによって隠れてしまうような中州で、そこにはテントサイトとなっている。テントは1張りあったが、ちょうど朝食の準備中であった。


烏帽子岳頂上から立山方面

 次の濁り沢は架設の橋を渡り、川砂が堆積している登山道を右に折れ、水場へと向かう。こころなしか先頭を行くYさんの足が速く、付いていくのがやっとという感じではあるが、なんとか最後となる水場に着いて一息入れる。この水場は、アルプス3大急登といわれる「ブナ立尾根」の取り付き口にあり、清水を2リットルほど補給する。

 ブナ立尾根は聞きしに勝る急登であり、平らなところはほとんどなく、あえぎながら登る。まさに坂・坂・坂で、汗がとどまることなく噴出す。この間摂取した水分は相当量に及んだ。今夜の宿泊先である烏帽子小屋までは6.5km、標高差1,200mある尾根を、休憩27分を入れて4時間20分で登り切ったが、時速にすれば約1.3kmと亀の歩みである。心拍数も130を超えるときもある。


烏帽子岳

 大町駅で心配された天候は、濁沢あたりから急に快方に向かい、ブナ立尾根途中の2209m地点辺りからは、烏帽子岳だ澄み切った青空をキャンバスに、くっきり描かれているのが見える。登山道脇の崩落地手前の東側斜面には広いお花畑となっていて、オニユリやハクサンフウロなどが美しい。

 今日の目的地の烏帽子小屋は、2251mのピークから樹林帯を抜け、黒部側の景観が見渡せることができるところにある。イワギキョウが小屋の周辺を包みこむように咲いており、先着の登山者がめいめいに足を休めている。ブナ立尾根からの登山者はさほど多くなかったことから、新穂高あたりからの登山者のようだ。

 さっそくザックを下ろし、宿泊の手続を済ませ、サブザックを背負ってニセ烏帽子岳から烏帽子岳へと向かう。烏帽子岳の背後にある立山は、前線の影響で厚い雲がかかり、薬師岳も全容を見せないが、読売新道に連なる赤石岳や明日の行程となっている三ツ岳や野口五郎岳がくっきりと見える。

 烏帽子岳の頂上は最後にクサリ場を登りつめる。頂上からは針ノ木岳、蓮華岳、目を東に転ずれば唐沢岳、餓鬼岳、7月26日から29日の間に歩いた表銀座縦走コースの燕岳や大天井岳、喜作新道から槍ヶ岳までの大パノラマが広がる。烏帽子岳で昼食とするが、先客が数人いる。後々、同じ縦走路をたどる、新潟からの女性2人組もやってくる。

 コマクサが咲く登山道は、花崗岩の砂礫となっていて滑りやすく、ブナ立尾根の登りの疲れで足取りも重いが、ビールで喉を潤すことを楽しみに14時10分、小屋へと戻る。

 小屋は素朴な作りで、表銀座の小屋とは一味違った趣を醸し出している。心尽くしの夕食をいただき、食後は天気予報をチェックして、明日の出発の準備に取り掛かる。あとはブナ立て尾根で消費した分の水を、小屋の雨水から分けてもらって補給すると、明日に備えて布団に潜る。

 いっとき夕日が部屋に差し込んだが、すぐに雲に遮られてしまった。外ではコーヒーを楽しんでいる人がいるが、明日からの長丁場に備え、早々に眠りに就く。


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