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カールはヒグマの宝庫!
エサオマントッタベツ岳〜カムイエクウチカウシ山縦走

2007/7/17〜21

2008年のエサオマントッタベツ岳〜カムイエクウチカウシ山縦走の記録はこちら


 7月17日 (晴れのち霧) 


札内岳JPピーク(コイカクシュサツナイ岳方面から)

  昨年から温めてきた、カムイビランジが主目的のエサオマントッタベツ岳〜カムイエクウチカウシ山〜コイカクシュサツナイ岳の縦走実施の日が近付いてきたが、極めて勢力の強い台風4号の影響が予想される。「沢ほぼ未経験者」の自分にとって、3年前のコイカクシュサツナイ川での悲惨な経験はもうご免だ。しかし、休みは十分確保してあるので北海道のいずれかの山には登りたい。

 そこで、@神威山荘からのペテガリ岳西尾根コース〜東尾根コース縦走 A伏美岳〜ピパイロ岳〜幌尻岳〜新冠川コース縦走などを予備のルートとし、出発直前まで台風の進路を見定めた。なお、タクシーの予約の際、神威山荘までの林道は閉鎖されていること、今回の縦走後、新冠川コースも林道が閉鎖されていることが分かった。(イドンナップ岳の項参照)


665m林道終点

 結局、台風は東北沖を東に遠ざかったため、予定どおりエサオマントッタベツ岳からコイカクシュサツナイ岳の4泊5日での縦走を決行することとした。16日、とかち帯広空港に近い中札内ハイヤー(電話0155−67−2053)に電話し、とかち帯広空港午前9時25分着の飛行機に合わせて配車してもらうこととし、電話に出たSさんに図々しくも中札内市街のホームセンター「モリタ」で、ガスのカートリッジを買ってきてもらうことまで頼んでしまった。

 空港でSさんに迎えてもらって、さっそく戸蔦別川に向かう。Sさんは全国からの登山客を乗せていて、15日には京都からきた単独の女性を札内川ヒュッテまで送ったという。その女性は静内から下山するというから、コイカクシュサツナイ岳からペテガリ岳に抜けるものだと思う。あ〜、この日高の困難な藪に挑戦している人がいるのだと思うと、自分もせっかくの計画をやり遂げて、満足できるように楽しまなければ、と思う。


入渓地点 ガケノ沢出合

 道すがら、Sさんとは山についてのいろんな話をした。道が戸蔦別川に沿った林道に折れるところで、「え〜、こんなところ」という場所に喫茶店があった。本当に突飛なところにある喫茶店であった。Sさんは「タクシーを呼ぶときは、林道を楽しみながら歩いてここまで来て、珈琲でも飲んで待ってればいいさ。電話線が引かれているから。」と言う。そこは、もう空港からの料金メーターで8〜9,000円にもなろうとするところであったが、林道のドン詰まりまではまだまだ距離のあるところであった。

 Sさんは、「最近は、歴舟川のコースを登る人がいないようだ。」と言うので、ペテガリ岳東尾根コースのことかと聞くと「学校でペテガリ岳に登った。帰りに女の先生が滑落して骨折し、運んで降りるのに難儀した。」とのことであった。学校ということは、中学か高校のときであろう。でも、よくも学校登山で東尾根コースが選ばれたものだ。Sさんは、アポイ岳にも登ったという。


気持ちのいい小さな滝が時々現れる

 そのころ十勝地方は何日も不順な天候が続いていて、道路の崖の崩落の恐れも十分考えられているときであった。ここ数日、Sさんが迎えに行った登山客は、山は晴れていたと言っていたそうだが、「今回の客はなんだか中年のメタボのようだし、経験も浅そうだ。」と思ったのかどうかは分からないが、自分としてもルンゼの状況によっては北東カールで撤退しなければならないこともあり得ることだとは考えていたから、無理をするなというありがたい忠告と受け取った

 実際、7月7日にエサオマントッタベツ川を遡行した帯広の人の情報によると、「例年よりも水量が多く感じた。 滝の手前200Mの地点から雪渓となり、滝の上部も雪渓が続いている・・・」とのことであったので、詳細をお尋ねすると「滝の上もさほどの傾斜ではないが、滑ったときのことを 思うと絶対にアイゼン8本爪は必要。 ルンゼも雪渓が多いと思うし、かなりの急登でありアイゼンは必需品。 カールの状況は解らないが、クマ対策は充分にした方が良いと思う。滝の所にも落し物があった。」とのアドバイスをいただいた。


 997m二股は右のゴロタ沢を登る

 アイゼンとピッケルに沢靴を持つと合計で2kg程度の重量増となり、せっかくのアドバイスながらそのときから既に10日経過することもあって、万一ルンゼが危険なようであれば引き返すこととし、アイゼンとピッケルは持たなかった。熊対策については、アドバイスどおりの状況であった。


斜度もあるこのようなゴロタ沢を延々と登る

 中札内タクシーのSさんは、前回送った登山者には、車を進められるところまで入ってくれと言われて、車体の両脇を擦って傷つけながら林道の終点まで入った、と言いながら運転していた。途中、林道は崖崩れがあって岩が崩落し、車幅ぎりぎりの道路状況のところもあったが、岩にぶつかりながら結局665mの林道終点までタクシーを入れてくれた。(料金は、心付けを別にして、空港から12,000円を見ればいいだろう。)
 林道終点は、車が3〜4台停められるスペースがあって、その先の沢出合いまでの林道跡は完全に小低木に道が覆われていたり、大きな崩壊があったりする。

 沢は、林床を通るなどして3回の渡渉までは登山靴を濡らすことなく行けたが、その先は沢靴に履き替えなければならなかった。水量多くなく、場所を選べば概ねくるぶしの上、向こう脛の下程度で渡ることができる。入渓時は晴れていて、稜線が見え、雪渓が確認できたが、そのうちにガスがかかってきてだんだんと視界がなくなっていく。997mの二股までは気持ちよく淡々と沢を登って行くが、二股を右に進路を採ると、そこは累々とした岩が堆積した急斜面の沢となっている。


雪渓を抜けると滑滝下部に至る


2〜300mは続く滑滝

 二股からしばらく上がっていくと、沢の両側の緑がだんだんと少なくなっていって、沢はしまいには大きな雪渓に覆われている。雪渓脇には1か所テント場があって、万一下山する場合の心積もりをしておく。先に進むために一応軽アイゼンを装着したが、滑滝下部でその必要もなくなって、最初の急な滝を登ってみると、そこは聞きしに勝る急な滑滝がこれでもかと続いていて、沢初心者としては細心の注意をはらって登って行く。

 それまでは、自分なりに設定したコースタイムを上回る順調な滑り出しであったが、二股から北東カールまでの間に、3時間20分も要している。初めてのロングコースの沢、一人旅、視界を奪うガス、長くて急な連続する滑滝、気温の低下などは、気持ちを緊張させ、あるいは萎縮させるのに十分であり、安全が第一と、慎重な足運びとホールドの確保によって速度が落ち、雲海を抜けてカール下の雪渓を抜けたのは、午後6時30分をとうに過ぎていた。

 緊張が強いられる急で長い滑滝を抜けても斜度が緩くなるわけではないが、やっと山場を越えたとの安堵感で一杯で、短い距離ではあっても、カール底に出るまでの間は、さあ、カールから流れるしびれるように冷たい水を飲もうと、先の楽しみが心が軽くなってくる。もしかしたらカールには誰か先行者がいて、もうテントを張っていることだろうから、話も聞けることだろう。

 この岩場を抜けるともうカールに出るだろうという場所に着いた。カール自体はまだその姿を見せないが、ヒグマに対する警戒音を発しながらカールに入らないと、万一の場合がある。さて、ヒグマはいるだろうかとホイッスルを鳴らしながら最後の岩場を抜けてカールを見渡すと先行者はいない。カールは雪渓に覆われている。カール壁はところどころ緑色になっていて、草木が芽吹いているようだ。


滑滝を抜けると雪渓があるが問題なし

 ところがである。その草木の中に1頭のヒグマがいて、無心に草を食んでいる。まだ真剣には吹いていなかったホイッスルではこちらの存在が気付かないのかも知れない。そこで、ホイッスルを思いっきり長く2〜3回吹くと、やっと気が付いて顔を向ける。その距離は150mほどであろうか。

 お〜い、今日はここでテントを張らないとどうしようもないんだよ、もう午後7時に近いのに下りることもかなわないんだよ、というような切実な気持ちで再度ホイッスルを吹いて両手を大きく振ると、ヒグマは踵を返して草場を走り抜け、雪渓を横切り(10)、ルンゼ状の岩場を登って、その先の樹林帯へと消えていった。その様子を見ていると、さすがのヒグマもルンゼだけは走って登れないとものと見え、いやいやながら歩いているような感じだった。


 カールに出る最後まで急な登りだ

 ヒグマが去ったので、登ってきた沢を見ながら雪渓が融けた後のたった一つだけのテント場にテントを張る。雪渓下部から流れる水を手ですくって喉を潤すが、一瞬にして手が冷たくなるほどの冷たさである。これなんだよな。辛い登りを我慢して得られる雪渓下部の水場での充実感、充足感。ウイスキーの水割りにも、炊事の水にも何の遠慮も躊躇もなく使うことができる。

 先行者はいないし、ヒグマもいて、通常なら安閑としてテントの中で食事をしたり、安眠を貪ったりすることはできないのだろうが、バーナーの熱をテント内に充満させて冷えた体を温め、濡れた靴下やタオルを乾かしながら食事をするうちに眠気が襲ってきた。外は満天の星に蔽われている。


縦走中出遭った1頭目のヒグマ


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