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カムイエクウチカウシ山 (八ノ沢カール幕営)
(2011/10/ 2〜3)


エゾオヤマノリンドウ(八ノ沢上部)


 10月 2日 

 2011年の夏は北アルプスの縦走で休みを費やしてしまった。6月の北海道の山登りでは花を目当てに崕山や大平山さらに礼文島を歩いたので、今年は一度も日高の山に登っていない。そのようなわけで、早くから10月に日高の稜線を歩くことをあれこれと考えていた。第一候補はエサオマントッタベツ岳〜カムイエクウチカウシ山、第二候補はペテガリ岳東尾根コース往復だったが、直前になってカムイエクウチカウシ山〜コイカクシュサツナイ岳〜ヤオロマップ岳を歩くことに決めた。その理由は、札内川ヒュッテ先の幌尻トンネルに車を置いて周回すると楽だというだけのことだった。また、カムエク〜コイカクの間は一度しか歩いていないので、もう一度カムエクで鍛え治してもらおうと思ったのも理由の一つだった。


七ノ沢出合

 フェリーで大洗港から苫小牧港に向かう。深夜に出向する商船三井フェリーの便は、寝台と部屋に余裕があって快適至極であった。(それに比べ帰路の新日本海フェリーと言ったら、×▲部屋のようでブツブツ・・・。)苫小牧には午後8時ごろ到着なので、ガソリンを補給し、追分を経由し一般道で中札内に向けひた走る。もう日付も変わった遅い時間(日曜日の深夜)に札内川ヒュッテに着いたところ、ヒュッテの前に車が一台停まっているので、遠慮して札内川寄りの駐車場で車中泊する。

 今にも落ちてきそうな満天の星に見守られて熟睡したが、夜が明けないうちに起きるためセットした携帯電話のアラームで起こされた。そのうちにヒュッテに泊まった組も起き出して出発の準備を始めているようだ。すっかり準備が整ってからトイレを借りにヒュッテに入ったが、最後の一人がヒュッテの中で沢靴を履いている(×行為)最中だった。てっきりこの人たちもカムエクだろうと思って、「よろしくお願いします。」とあいさつしたら、「私たちは『川』です。」と涼しげにと言って車を「幌尻覆道」方向に向かわせていたものの、その先のゲートに車はなかったので、きっとコイカクシュサツナイ川の土場に車を入れたのだろう。


札内川本流最初の渡渉点

 北海道にはちょうど寒冷前線がかかり始めていて、2日午前9時時点では日本海側を前線が通過する予報であったが、まだ天気は良かったので、さぞかし土曜日にカムエクに登った人の車がたくさんあるだろうなとの予想はまったく外れ、道道111号静内中札内線を遮るゲート前には一台の車もない。「もったいないな〜。こんないい山なのに誰も登らないなんて。」と勘違いした思い込みをもって七ノ沢出合に向かったが、それは結果からすれば、地元の人の賢明な天候判断だったのだろう。(このようなフィールドをほっておくなんて、それにしてももったいない。)

 ゲートから七ノ沢出合までは、背中に晩秋の陽の光を浴び順調に進む。札内川本流も七ノ沢の水も少なく、登山靴で行けるところまで入って沢靴に履き替える。沢靴を履いたと言っても、河畔林の中に付けられた踏み跡をたどるのが便利なので、沢に入ることは少なく、赤テープや雰囲気で踏み跡を探しながら上流に向かう。当然夏のように股下まで水があるようなこともない。驚いたことに笹が刈り払われ、木に赤ペンキでマークされ、岩に本州の登山道のように赤◎が描かれている。この変貌ぶりには驚くとともに、日高の山の何が楽しいかという本質を理解しないも者の余計なおせっかいか、客を連れ歩く商業登山を営む者の利便なのか、と腹立たしい気分になる。なお、この踏み跡は札内川及び八ノ沢ともにおおむね左岸に多いと言っても過言ではない。


八ノ沢出合のテント場からミゾレ交じりの雪

 河畔林の中の踏み跡を歩いているときはさほど感じなかったが、渡渉のために河原に出ると雨交じりのミゾレが強く降ってくる。合羽を着込み寒さ対策を採ってから、中ノ沢を過ぎ地図上の823mを巻くように進むと八ノ沢出合である。ここは「夏草や兵どもが夢の跡」と言う句を思い出すにふさわしいテント場だ。もう今年は誰も使わないだろうテント場には、ちょっとやり過ぎの焚火の跡が多く残されている。きっとカムエクを無事下りてホッとして焚いたのか、客を喜ばすためにやったのか。

 稜線方向には真っ黒い雲が押し寄せている。相当の天気の変化が予想される。ミゾレが雪に変わり、八ノ沢の岩が滑り易くなってきた。大きな岩に同時に足を乗せたら瞬時に足払いをくらってしまい、顔面を保護した態勢で倒れたので、無防備な右膝と左足の向う脛を強打してしまった。それでも皿を直撃しなかったので不幸中の幸いだった。その後は用心に用心を重ね雪の乗っかった岩を避けながら遡行する。二股を抜け三股にかかりるが、岩場はすっかり雪が被さって下は濡れていて恐ろしいぐらいだ。これで2か所のフィックスロープがなければ相当な危険を覚悟せざるを得ず、私の技量では撤退を余儀なくされていたかもしれない。


三股

 そんな辛い登路だが、ところどころにエゾノオヤマノリンドウが雪の中に咲いるのが慰めだ。防水・防寒を謳ったゴア製の手袋は、斜面をよじ登るたびに掴む木や岩に着いた雪や雨で次第にぐっしょりと濡れてきてしまう。「なんだよ、これは。稜線でこんなになったら死んじゃうよ。」と思いながら、でも予備の手袋は防水じゃないので我慢して濡れた手袋をそのまま使う。もうそのころには指の血行が悪くなっていたのだろうが、気付く暇もなかった。

 ようやく源頭を過ぎ、八ノ沢カールに近づこうとするときまで、水が流れていないことに注意を払ってはいなかった。夏場は何の疑いもなく、碑文がはめられた岩そばにカールの水が流れているが、そのときまで大事なことに気付かなかった。もうここまで来たからには、まずテントの設営が先だ。雪は降り続いていますがさほどでもない。風も収まってテントを張るのに好都合だ。しかし、ポールを差し込んでテントを立ち上げた時に突然強い風に襲われた。固い金属音がすると同時にテントはひしゃげてしまった。ちょうどテントの中央でポールがやられてしまった。


カールは間近

 もう夕闇が迫ってくる。明日は稜線の風が吹き抜けるところにテントを張らならない。3日目とて風が吹き抜ける場所にしかテントを張れないので、今のうちにしっかりと補修する必要がある。最初はブラックダイヤモンドの3/4フィンガーの手袋「ウィンドウェイトミット」をはめてポールの交換作業をやっていたが、ポールにゴム紐を通す段になってどうしても親指を使う必要がある。たぶんこの時、決定的に指の血行を止めてしまった(指がシャーベットになってしまった)のだろう。そうこうして無事テントを立ち上げたら源頭にいったん下って水を汲むことにする。明日からの稜線歩きに備え8リットル、今夜と明朝のために2リットル汲まなければならない。もう寒くてかなわないから目出し帽を被る。幸いなことに水はあまり下らなくても斜面から湧き出ていたので、すぐテントに戻ることができた。

 カムエクからピラミッド峰の稜線を見ると日高側の空は真っ黒だ。稜線にはたっぷりと雪があるようだ。それでも明日、その稜線を歩くことに何の気力の減衰もない。それは愚かなことかもしれないが、稜線を進まなければならないもう一つの理由があった。その理由は、夕闇が迫ってからの気温の急激な低下である。このままだと八ノ沢を下って戻ろうと思っても、滑って非常に危険だということだ。それより天気は明日以降回復してくるだろうから、先に進んで夏尾根ノ頭の急斜面の雪解けを待って下る方が無難だと判断した。


ピラミッド峰東斜面

 八ノ沢カールからは更別か大樹の街の灯りが見える。携帯電話のアンテナはいつものように立つが、いつものように通話もメールもできない。そこまでは予定の範囲だった。汲んできた水も沢靴も登山靴もビニールに包んでテント内に入れ、濡れた手袋などはガスを点けて乾かす。テントが風に煽られ、風がないと雪がテントを擦る音がするが、いつの間にか寝入ってしまった。深夜、指に不快感があって目を冷まし、指を動かしてみると打撲を負ったような感じがする。そんなことが2度ほどあったのだが、シュラフに包まれた体は温かく、十分に睡眠を取ることができたのだった。


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予備のテントポールの用意と交換について

 気象条件の厳しいテント場では、テントのポールを折られることがままある。いったんポールが折られた時には、その補修を行わない限り、幕営の継続は困難と言っていいだろう。
 画像中、真ん中のポールは今回のカムイエクウチカウシ山八ノ沢カールでのテント設営中に折れたポールの切断面である。突風により急激な力がかかって、「パキ〜ン」という金属的な音を立て折れたのだった。
 一番下のポールは、白馬岳頂上宿舎テント場で一晩中強風が吹き荒れ、朝起きて気付いたらテントが潰れていたもので、折り返しの力で金属疲労を起こし折れたものと思われる。

 テント泊山行時は必ず補修用のテントポール2種類(中間用とエンド用)と補修用スリーブ1本及び補修用ビニールテープを持って歩いている。使用しているテントは、アライのエアライズ2だ。テントポールは2種類持たないと(長さとエンドの処理が違うので)意味がない。風が継続的に吹いているときにポールが折れた場合は、折れた所を補修用ポールに交換する方が無難だ。緊急補修用スリーブで切断面を覆って急場をしのぐこともできるが、ポールを交換することによって、力が均等にかからないことによる新たな不具合の発生を防止すべきと考える。
 ポールの交換は、エンド用ポールのネジを外し、ゴム紐を解いて不具合の部分を新しいポールと交換し、ゴム紐を元のように結んでネジを納めて終了だ。