[HOME][酉谷山避難小屋]



山登りの作法を語るのはかくも難しい


2月の酉谷山避難小屋


 酉谷山避難小屋は、秩父多摩甲斐国立公園の東京都と埼玉県の県境、行政区としては東京都側に位置している。同避難小屋に至るルートのうち小川谷林道が使えない今、山奥深く歩く必要のある秩父側ルートは道迷いによる遭難が多発することもあって、この山域を目指すのは一部の好事家に限られていると言ってもいい。


静かに佇む

 酉谷山避難小屋は、東京都により設置されたものである。板の間の収容人数は詰めても5〜6人程度で、週末には板の間にスペースを確保できず、コンクリートの土間に寝る羽目になることもあるが、その場合でも土間は3〜4人が限度である。そのようなことを予想して、ツェルトやテントを持参する人もいて、小屋に泊まれない時は小屋前のスペースか、稜線に出て秩父側の斜面にテント等を設営する人もないではない。


ほんとうに小さな避難小屋

 小屋に付帯する設備はトイレのみであるが、小屋前にわずかに流れる水場があって貴重な水源となっている。この小屋の管理は、東京都の委託を受けた奥多摩町の業者により月に1回程度の巡回管理及び清掃が行われている。ただ、その程度のことでは、不特定多数の者が使用する小屋の美化が保たれるものではないが、小屋の利用者が積極的に小屋内部とトイレの清掃及び残置ゴミがあった場合の搬出を行っており、数多ある避難小屋にあって稀に見る綺麗さ・清潔さをたもっている。このことは、今の社会からするとこのことは奇跡と言っていい。そのように大切に使われている酉谷山避難小屋に是非泊まってみたいという利用者の特筆すべきモラルの高さに由来するものと思われる。


避難小屋の性質
 避難小屋は、遭難等の状況にあったものが真に必要とするときに利用するように喧伝する向きもあり、一面ではそのとおりであるとも言える。しかしながら、自然保護の要請から従来テント場として事実上使われていたところに避難小屋を設置し、テント泊者を避難小屋に誘導したという一面も併せ持っている。
 
 北アルプス雪倉岳の避難小屋の利用について、富山県から管理を委託している朝日小屋の管理人は、その安易な利用を諌めるように厳しい言葉で小屋に張り紙を掲示している。(この掲示は2012年7月現在ではなくなっている。また、朝日小屋のホームページでも同様の注意喚起がなされている。)だがしかし、真に救助を必要としたり小屋を使用する必要がある状態に直面した場合、小屋に誰かいた方がいいには決まっているのに、そのことには思いがいっていない。)

 確かに登山者の多い白馬岳〜朝日岳のルートで、雪倉岳避難小屋の使用を大ぴらに認めたら収拾がつかなくなるだろう。ただ、朝日小屋は、自分の間尺に合わない登山者を直接的に厳しく評価するきらいがあるから、利用者もコース取りによっては、ある程度それらのことを割り引いて臨機に利用することでいいのではないだろうか。


小屋内部

野営指定地
 山と高原地図を見ると、最近、野営指定地(キャンプ指定地)がどんどん減少し、野営指定地と表記されている場所の多くは、ほとんど山小屋に併設されたものがほとんどとなっている。それはトイレ問題であったりゴミの放置であったり植生の踏み荒らしであったりすることからで、致し方のないことである。そのようなことにつては積極的に支持し、従いたい。では、その野営指定地というのは、誰がどのように決め、どこにあって、その場所がどのように周知されているのかというと、その情報に接することは現段階では困難である。つまり、たとえば国立公園についてみると、一般登山者が野営指定地というのは、風聞で知っているだけでそこが実際上は公的に示された野営指定地ではないことが多いのではないかと思われる。

 奥多摩ビジターセンターは、酉谷山周辺の3か所に「テント設営禁止」の札を張っているが、それは奥多摩自然保護官事務所がキャンプはキャンプ場で行うようにとしたことによるものであるものの、長沢背稜の東京都側の土地の所有・管理者は東京都であって、環境省はモラルを訴えることはできても、テント泊を禁ずる法的根拠は持たない。なお、長沢背稜の秩父側斜面についてビジターセンターが御触れを出しているが、これは管轄権を持たないことになるので、このお触れが正規の手続きを踏んだものか疑わしい。

 よく、山中でのテント設営を禁ずる根拠を自然公園法に求める向きもあるが、同法及び同法施行規則を見てもテント設営を禁ずる根拠とは成り得ない。すると、テントの設営を禁ずるか容認するかは、その土地を所有(国・地方自治体・企業・個人等)しあるいは管理する者の所有管理権由来するもの考えられる。

 なお、奥多摩自然保護官事務所はホームページで
   「秩父多摩甲斐国立公園における幕営についてのお願いです。
    昨今、一部の利用者によりキャンプ場以外にテントの設営(幕営)がなされ、植物の生育に悪影響を与えている等の情報・苦情が     寄せられています。国立公園内におけるテントの設営は、一部地域やキャンプ場等を除き、原則として自然公園法の規制対象とな    っています。テントの設営はキャンプ場等で行ってください。
    公園を利用される全ての方が気持ちよく自然を楽しむことができるよう、ご理解ご協力をお願いします。」
と述べているが、テントの設営自体が自然公園法あるいは施行規則に由来する規制の対象になり得るものではないが、土地の所有やその管理権に基づき規制されるものと解せられる。よって、つまるところ「ここはだめよ。」と言われたら、あっさりと規制されてしまう代物であるので、なぜだめなのと法的根拠を求めるのも愚かしいことと言える。


トイレ側から

奥多摩の野営指定地
 山と高原地図の「奥多摩」の地図では、秩父多摩甲斐国立公園の特別区域に指定された地域内で三条の湯・雲取山荘・白岩小屋・奥多摩小屋・七ッ石小屋全部が「キャンプ場・キャンプ適地」と表記されている。しかし、環境省の資料では、この地域(奥多摩)内に野営指定地とされた場所はなく、秩父多摩甲斐国立公園で野営指定地とされているのたった3か所しかない。ということは、これら山小屋に隣接したテント場は、登山者が公に許されたテント設営場所としての野営地と認識している野営指定地ではないのかもしれない。そんなことから導かれる解釈は、いわゆる自然公園法に抵触しないと見る向きはどこにでもテントを張れると思うし、山の自然保護や(ルールではないのかもしれない)ルールを重視する人はどこでも張ってはいけないと思うし、あいまいな結果になってしまう。

 目を北の山に転ずると、大雪山国立公園内には公園計画に基づく正式な野営場は平成19年現在ない。ただ、指定の根拠は明らかではないものの沼ノ原大沼やブヨ沼を始めヒサゴ沼などの12か所が事実上野営指定地とされているが、これは実行上なにかの集まりで決められたものではないかと思われる。もし法的根拠があるのなら、その整備維持管理に国や地方自治体に義務と責任が生じることから、もし行政手続が正式になされているのなら美瑛富士やトムラウシ南沼のような、大便が至る所でなされ、トイレットペーパーが散乱し、悪臭を放っているというような悲惨な状況は生まれるはずがないのである。なお、昭文社の山と高原地図には、ニペソツ山登山の際の天狗のコルにテントマークが付いているが上記12か所の中には入っていない。地図では「キャンプ適地」と記されている。
 
 それに比べ個人が開削し維持管理に努めている栂海新道は素晴らしいの一言である。新道27kmの途次にある栂海小屋も自費で建てられたもので、寝具を必要とする人のために1枚300円で毛布の貸し出している。今回の登山でそのクリーニングしてビニール包装された清潔な毛布を見て、これは国立公園の管理を所掌する公務員にはできない心遣いだなとこれを書きながら思いいった。そしてこの毛布はヘリで荷揚げされていると知るとなおさらのこと・・・。


堂々と

 ある日、タワ尾根についてネットで調べていたら、無名山塾が2012年9月1日〜2日、最大20名+ガイドをもって酉谷山避難小屋に宿泊し、宿泊できないときはテント・ツェルトに宿泊するというツアーがあることを知った。無名山塾と言えばNHKの中高年の登山で名をはせた岩崎元郎さんが主宰するものである。まさか、このような非常識なことをと思ったが、どこに客を引導しようがそれは表見上は商行為という正当な業務である。避難小屋を宿泊先としてあらかじめツアーに組み込んでも、それ自体は法令に違反するものではない。また、小屋がいっぱいでテントやツェルトを張るのも、酉谷山避難小屋の場合東京都に、長沢背稜を挟んで秩父側の斜面であればその土地の所有・管理者に使用の許諾を得ればいいだけの話だ。そういう前提なら、たとえ酉谷山避難小屋の収容人数が多かろうが少なかろうが、誰に文句を言う筋合いがあろうというものだ。


参加費は一人当たり20,500円・・・。

 ところで山と渓谷社のヤマケイ「山の便利帳 2012」は酉谷山避難小屋について、「緊急時避難時のみ使用可」としている。実際は少人数で迷惑がかからないように、そのような事情を念頭に遠慮がちに利用しているのがほとんど(こんな山岳会の事例は例外としても)である。ところが、ときにマナーやモラルを大上段に説く山と渓谷社は、無名山塾にこのツアーがヤマケイカルチャークラブとの共催であるかのような表示を許していて、普段の山渓の記事の論旨から言うと何をかいわんやである。

 2003年11月、中高年のグループが千葉県の養老渓谷で道に迷いビバークしたことが遭難としてとらえられ、このことを山と渓谷が安易な登山として記事にすることを知った。この地域の登山の難しさについて、「日本の山はなぜ美しい―山の自然学への招待」の著者小泉武栄は、養老渓谷の地学的観点からの成り立ちを説いて、同地域においては誰でも道迷い遭難に至る可能性があるとしていた。しかるに、山と渓谷の記事はそのような前提を斟酌することなく「中高年」=「安易な遭難」との図式で記事化を図っていたので、短絡的で表層をなぞるようなことは誤解を生むからと、記事とする場合の配慮を申し入れていた。とかくマスコミは人のことはあげつらうが、無名山塾に名義貸しをしていることのモラルについて山渓は、ほおっ被りするのであろうか。

  いずれにしても、小さな避難小屋に(週末の土日に)商売で客を引導することは、当日の小屋の利用者数によっては個人の利用者との間で大いなる軋轢を生むことになるだろう。「岩崎元朗」先生と言えば誰もが知っている山屋、先生自らが(その著書で主張した)「山登りの作法」を乱し「登山不適格者」としてのレッテルを張られる前に翻意することを願うばかりだ。「間違いだらけの山登り」という著書もあるようだが、今回の大挙してタワ尾根から登って酉谷山避難小屋に宿泊するツアー登山は、間違った登山ではないのだろうか。さて、どのようにお考えになりますことやら。


[HOME][酉谷山避難小屋]
total yesterday today