[ 「TOP ] [ 北海道の山 ] [ 2日目 ] [ 3日目 ] [ 4日目 ]


1日目

ピパイロ岳〜1967峰〜戸蔦別岳〜七ツ沼縦走
2004/ 7/15〜18


夢見た七ッ沼カールでの幕営

 日高地方で猛威を振るった平成15年8月の台風10号は,日高の山へのアプローチとなる林道をいたるところで崩壊させ,今に至っても,なお復旧がかなっていないところが多い。現在林道を使って日高側から登山道を使って登ることができる主要な山は,楽古岳,神威岳,ペテガリ岳の神威山荘ルートなどに限られている。

  幌尻岳への一般的な夏道コースは,幌尻山荘を通っての額平川コース,ヌカビラ岳を通る千呂露川・二岐沢コースと,新冠川コースとの三つがあるが,額平コース及び千呂露川・二岐沢コースはともに林道崩壊,新冠コースは全面通行止めの工事を行っていて,徒歩の場合70kmの林道歩きを強いられるから,戸蔦別川を遡行して七ッ沼カール経由で登らない限り,今はピパイロ岳からの長大な尾根を歩かなければ幌尻岳に至らない。 


伏美岳の下りからピパイロ岳の稜線 左奥に北戸蔦別岳〜戸蔦別岳

 北海道の山に登ることとなって2年目の夏山登山は,林道の崩壊を免れている十勝側から登る幌尻岳への縦走と決め,綿密な計画を立てた。この縦走の特徴は,水の確保が困難なこと及び稜線での幕営にある。水は,途中に2か所ある沢の源頭及びカールの雪渓で得ることも可能な模様ではあるが,いつまでも採れるとの保証はない。幕営は山頂及び稜線上のわずかな場所にしなければならず,風が吹けば極めて厳しい環境とならざるを得ない。

 日高でもう一つ思い起こされる重要なことであるヒグマとの遭遇である。特に幌尻岳の七ッ沼カールは,ヒグマの出没地帯と言われ,カールに下る際は必ずヒグマがいないか確認することが求められている。北海道夏山ガイドを見ると,七ッ沼では,テント周辺をヒグマがうろついてテントに近づけず,テントを放棄して下山しなければならなかった例が多いと記されている。さまざまな困難が待ちうけている幌尻岳縦走ではあるが,今挑戦しなければ,体力,気力から,次にいつ登るチャンスが巡ってくるか分からない。行ってみるしかない。


キバナシャクナゲ咲く七ツ沼カールのテン場

 1日目 (7月15日・木)

  前夜,登山口までのアプローチである延々と続く林道に車を走らせる。登山口の駐車場には車が2台停まっているが,人の姿が見えない。手前にある伏見岳避難小屋に戻ってシュラフを持ち込み,ひとりストーブを焚き暖を採りながら眠りに就く。(23:00)

  避難小屋の高窓が明るくなっている。出発の準備を整え登山口に向かう(05:17)と,今しがた車で到着した2人がすでに登山道に入って姿が見えなくなっている。この2人が,北海道の山岳・高山植物の写真家として高名な梅沢俊さんご夫妻だとは後ほど知ることとなる。


クルマユリ

 目的地の幌尻岳(2052)までは,伏美岳(1792),ピパイロ岳(1916),1911,1793,1967,1904,1856,1901,北戸蔦別岳(1912),1881,戸蔦別岳(1959),1766を経なければならない。すなわち,最低でも12のピークを踏まなければならないわけであり,「山高ければ谷深し」の言葉どおり,これでもかと言うほどアップ・ダウンを何度も繰り返さなければならない。最初のピークの伏美岳までは標高差が1,100mほどあり,4日分の衣食住のすべてをザックに入れてあえぎながらの登りとなる。登山道は途中までは笹がきれいに刈り取られていて気持ちがいい。(5合目 07:10)

 登り始めの道には,咲き終わったツバメオモトやシラネアオイがあるほか,頂上近くになるとヒダカキンバイソウやエゾノツガザクラが盛りを迎えている。クルマユリは登山道脇にポツンポツンと咲いているが,下山する4日後には至るところに花が見られた。伏美岳の頂上に着くと,その先にピパイロ岳,1911が台地状に連なって見える。南側には戸蔦別岳,その陰になって幌尻岳が頂上を見せ,Aカール,Bカールが雪渓を抱いて美しい。(09:40) 


シラネアオイとヒダカノキンバイソウ

  幌尻岳までは,時計回りと反対に縦走路をたどることとなるが,その頂は遥か遠いかなたである。ピパイロ岳,さらに1911までは長い尾根歩きとなるが,尾根とは名ばかりの厳しいアップ・ダウンを繰り返す。頂上からハイマツがはえる急斜面をピパイロ岳へ向かって下ると,ダケカンバが主体の見通しの悪い道となる。

 遥か先の方から誰かが大きな声を上げているのが聞こえる。1546mのコル(12:10)ではヒグマの糞が見られるというし,クマ除けのためであろうか。帰路の早朝,伏美岳頂上の手前の岩場にエゾツツジが咲いていたので,ザックを下して岩場を攀じ登って見たついでに,登山道に下りてパンをかじっていたところ,谷から吹き上げる風に運ばれてきた匂いは,紛れもない獣臭であり,すぐさまその場所を離れたのであった。
 


ヒダカノキンバイソウ

 さて,その声の主は朝方登山口を早立ちしピパイロ岳から戻ってきたという梅沢俊さんご夫妻であり,ひとしきり立ち話をする。ピパイロ岳頂上先にはテントが一張り張られていて,その人は戸蔦別岳を往復しているようだが,時間的に戻ってこられるだろうか心配だという。また,仙台のグループが入山しているということであったが,わざわざその話をしてくれた理由は後から分かった。日高の長い稜線上にわずかしかない狭いテン場に10数人もの人が入ったらどのようなことになるのか。一瞬の間の,自然の大破壊となる。

 今日の幕営地を1967mの水場のコルと決めていたが,結局予定を変更して1911m直下にして正解だったことは,翌朝に思い知らされる。梅沢さんは,「ヒダカゲンゲが素晴らしかったよ」「ピパイロ岳の斜面にはミヤマキンバイ(ヒダカキンバイソウ)がびっしり咲いていて,ちょうどいいときだね。」などと,お花の話をひとしきりするが,奥様のやさしい表情といい,お二人の人柄がしのばれる。


ヒダカゲンゲ

 梅沢さんと分かれて先に進むと,雪渓が融けた草付で,団扇で仰ぎながら下山してくる男性に会う。2泊で幌尻岳を往復してきたというが,精彩がないので聞くと,予想に反して1967mの水場で水が取れず,ピパイロ岳手前の水場でやっと水が採れて,それまではふらふらとなって歩いていたという。それは,昨年,ペテガリ岳東尾根コースを下りてきたときに水を切らしながら,15時間もの間,登山口を目指して必死に歩いた自分の姿であり,その渇望感は痛いほど分かるのである。幌尻岳の様子はと聞くと,頂上にまったく人はいないという。

 深田久弥の日本百名山のひとつとして多くの人に登られている山でありながら,今年の夏山の対象としてはほんのひと握りの人にしか登られていないようであり,平成15年の台風による林道崩壊の影響は甚大である。その人が水を採ったというコルの水場は下りに15分,登りに40分を要したとのことであり,さらに後に会った人の話しとも符合していている。5リットルの水を採るのに1時間かかっていて,水場の雪渓も小さいことから,この時期を超えていつまで水が採れるかの確実な保証はない。


ミヤマシオガマ

 ピパイロ岳へは潅木の間を進むが,背丈の高いハイマツの間にオオタカネイバラが薄いピンクの花を付けていて,本日最後の大きな登りの辛さを慰めてくれ,頂上に至っては,360度の日高の山々の大パノラマが広がっている。(14:40)1967mの水場のコルに今夜の幕営の場所を求めるため,頂上での休憩もそこそこにピパイロ岳の頂上を後にして1911mの国境稜線を目指す。頂上直下のわずかなスペースにはテントがひと張りあって,テントの入口に赤色のテープが縛り付けられて,北戸蔦別岳往復中と書かれている。戸蔦別岳までであろうが北戸蔦別岳までであろうが,そこをピストンしてくるとはすごいものである。

 ピパイロ岳には,日高の固有種であるヒダカゲンゲのほか,ツクモグサの植生が顕著である。ツクモグサは国内でもその生育場所が極めて限られている,ツクモグサがあることでも知られている。しかし,ピパイロ岳の周囲にあるのではなく,ピパイロ岳頂上から1911mまで続く岩稜の中間点の一部だけにしか見ることはできない。ツクモグサの開花時期は6月の初頭であり,今は,チングルマと同様の髭を蓄えて種子を充実させている最中であった。


エゾツツジ

  ここのツクモグサの株はその一つ一つが大きく,今年開花しなかった大きな株もあちらこちらに見かけることができた。来年の花の時期には,1967mという秀峰を背景に是非とも花を見てみたいものだ。ツクモグサの植生を越えると間もなく1911m(15:40)のピークとなるが,その間はエゾツツジ,チシマギキョウ,ミヤマシオガマ,タカネオミナエシなどがちょうど見ごろとなっている。

  エゾツツジの真紅の花が群落を作っているのでカメラを構えようとしているところに,北海道山岳会のロゴの入った年配の男性が1967m方面から上がってきた。聞くと,北戸蔦別岳を往復してきたといい,梅沢さんが言うピパイロ岳頂上直下にテントを張っている人であった。時刻はちょうど午後4時である。鋸を携え,ザイルを身に付けている。今夜の幕営地はどこかと聞くので, 1967mの水場のコルであるがというと,コルにはすでに仙台からのツアー登山者10数人がテントを張っており,一張りはなんとかなりそうだけど,がやがやとうるさくて眠れないだろうから,手前の草付にしてはどうかとアドバイスをくれる。


1911m登山脇のテン場

 そこで,1911mから見える草付の場所を目指して下りていくと,その手前にテントひと張り分のスペースが登山道から少し入ったところにあって,ハイマツの周りをチングルマやエゾノツガザクラ,キバナシャクナゲ,エゾムラサキなどが取り囲む最高のロケーションなので,今夜の幕営地をここにと決める。(15:58)

[ 「TOP ] [ 北海道の山 ] [ 2日目 ] [ 3日目 ] [ 4日目 ]