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唔策新道〜谷川岳〜西黒尾根縦走

2008/10/21〜22

2008/10/9〜10 谷川岳馬蹄形テント泊縦走の記録はこちら


                 ■10月21日(1日目)


万太郎分岐の縦走路から望む大障子ノ頭、オジカ沢ノ頭と谷川岳

(前日)
 前回の谷川岳馬蹄形縦走の後味を占めて、今回は土樽から策新道を登り茂倉岳避難小屋に泊まって、西黒尾根を下りるプランを練った。長時間の車の運転はしんどいからと、JRの乗って土樽駅に向かう。
最初は土樽山荘泊も考えなかったわけではないが、暗い電話応対もあって、やはり駅寝にしようと決定していた。土合駅などの待合室で寝て谷川岳に登ったというような昔の写真を見て、今回の縦走で駅寝というものを一度経験してもいいかなという好奇心もあった・・・。ただ、駅寝は、甲斐駒ヶ岳に登った際に、一度甲府駅で集団で経験はしている。さて、最終電車で水上駅を出るが、乗客は自分一人だ。土合駅を過ぎると車掌さんが一通り電車内を回ってきて検札しながら「一人しか乗っていませんね。」と笑っている。

 土樽駅は無人駅で、待合室は終電が去っても蛍光灯が点けられたままだ。関越自動車道がすぐ脇を通っていてうるさく、終電後も普通電車以外の電車や貨物列車が通過するし、飲料の自動販売機の冷却機の音も非常にうるさい。待合室にシュラフを出して横になったが、寝ることができず、文庫本を出して時間を過ごす。午後10時ごろ、警察官のパトロールがあって、「山ですか。」と言いながら四囲に目を配り、中高年のホームレス出ないことが確認できると「人が多く来たら譲ってやって下さい。」と言って立ち去った。その後睡眠体制に入るが、明るい照明と騒音で1時間毎に目が覚めて、疲労感が残った。


ホテル「土樽駅」

 待合室には、烏ウリの絵とともにゴミに気配り山の駅 和子と書かれた色紙が貼られていて、JRの注意書きや警察官の職務質問の内容、態度からも「駅寝」は黙認されているようだ。

 準備をすっかり整えて駅を出ると、霧雨が降っている。天気予報は快晴だったのに、ガスは山の麓まで覆っていて、気勢をそがれる。午前5時、ヘッドランプを頼りに、土樽パーキングエリアを目指すが、GPSのナビゲーションをONにしなかったことから、渡るべき橋をやり過ごしてしまい、茂倉新道に入ってしまった結果、20分ほどのロスが発生してしまった。それでも谷川新道分岐には予定の時間どおりに着いたので、朝露に備えてスッパツを着けて山道に入り、舟窪まで延々と続く急傾斜と格闘する。

 万太郎尾根に乗ってもブナの大木などの木々で明快な展望は得られないが、ガスは徐々に稜線に上がって行って、視界はよくなってきた。大ベタテの頭を過ぎると展望が開け、その先から見る万太郎山は、その名に相応しからぬ堂々とした山容を示している。井戸小屋沢ノ頭に朽ち果てた鉄骨製の標識があって、座って展望を楽しめる日当たりのいい場所があったので、しばし休憩し、夢の世界に入っていく。
 今日の行程は、休憩なしで10時間20分あり、と気付いて、何か所かある崩壊地から岩峰郡を抜けてやっとのおもいで万太郎山の分岐に着く。


大障子ノ頭

 短い時間で昼食とし、大きく下って登ると大障子ノ頭であり、しばらく下ると大障子避難小屋が見えてくる。この小屋は比較的大きく、基礎となるべき土台もきちんと打たれている小屋だが、雨漏りが激しいようでポリカーボネイトの波板が何枚も天井に張られていた。小屋の中は、新聞紙が散乱し、中途半端な蝋燭の燃え残りも残地されている。水場は小屋のすぐ谷川岳よりの沢であり、水場標識がある。

 万太郎山から俎ー(まないたぐら)山稜の堂々とした山並みが見渡せる。ペテガリ岳東尾根から見る早大尾根にも匹敵するような圧倒される眺めである。小障子ノ頭から顕著なピークを持つオジカ沢ノ頭でオジカノ沢小屋を見るが、ここにも新聞紙やチラシが散乱している。谷川岳から平標山の間は幕営が禁止されているものの、この間に4つもの避難小屋があることから、わりと気軽に縦走できると思われ、誰でも入ってきてしまってこのような使われ方がされているのだろうか。


万太郎山に至る吾策新道の尾根筋

 オジカ沢ノ頭を過ぎるころから、上空は真っ黒な雲で覆われ、万太郎山方面と一ノ倉岳は姿を消している。谷からガスが稜線に吹き付け、急に温度が2〜3度低下している。指はかじかみ、耳も冷たくなってきたので、手袋をゴアテックスの防寒手袋に替え、レインスーツを着込んでやっと落ち着く。向かう谷川岳も雲に覆われていて、誰一人として行き交うことのない岩場の細い稜線を、風に煽られながら歩く。

 肩ノ小屋が見え隠れすると、もう心は今日は肩ノ小屋泊まりにしようと決まってしまっていた。寝具なし、食事なしの素泊まり2、000円で、小屋の人になるが、先客12人がそれぞれスペースを占めていて、寝袋を広げる場所はテーブル用の備え付けの幅60cmほどの長椅子しかなかった。いつものテントなら130cmもあるのに・・・。


大障子避難小屋

 テーブルで酒を飲みながら他の人と間で話が弾むが、6時を過ぎたころにはそれぞれ自分のポジションに戻っていく。外はガスで覆われていて、茂倉岳避難小屋まで行くのは気力からも無理だったなと思う。すぐ眠りに就いた。
 結構熟睡したようだ。周りががやがやとしている。もう朝になったのかな、朦朧とした頭で判断する。山小屋の朝特有の出立前の騒々しさだ。大きな声や所作が続いているようだ。もう一度目を覚ます。
「あんたたち、山小屋の常識を知らないのか!」との女性の一喝で、山小屋に静寂が戻った。時計を見るとまだ午後9時前だ。ロープウィイを使って観光気分の延長で山に登り、小屋に泊まったグループが起きていたようだ。

 縦走路には大を始末したティシュペーパーが、あちこちに散乱している。避難小屋にはゴミが放置されている。山小屋で遅くまで騒いでいる。山と高原地図「谷川岳」に書かれている「登山装備表」は不備だ。「◎必ず持参するもの」として、「マナー」と「エチケット」の追記が必要だ。これほど素晴らしい山と縦走路に溢れているのにもったいないことだ。
(オジカ避難小屋)


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